政治家として世の中の問題解決に当たり、最近教わったことがあります。 


それは、ものごとは高いところから全体をながめる「鳥の目」、細かいところを見つめる「虫の目」、そして流れを見すえる「魚の目」という三つの目で観察しなさい、ということです。


 

教育勅語については、まっとうな道徳を書いたものに過ぎないという意見がある一方で、軍国主義を強制するものであるとの批判があります。


それぞれの側から見た「正しさ」はあるのだと思いますが、国論が二分されていることには憂いを感じています。



 

私は、もともとの教育勅語は政治的な命令ではなく、天皇から国民へのお気持ちの語りかけであって、それがいつしか時の政府によって強制性を持たされたところに問題が生じたのではないかと思っています。

 


先ず、教育勅語が作られた背景を「鳥の目」で観ますと、当時、西洋文明を過剰にもてはやすあまりに、古くからの日本の道徳を軽視する風潮があったと聞きます。

さらには初代文部大臣である森有礼は英語の国語化を提唱するなど、日本のアイデンティティは危機に瀕していたといえます。


明治天皇はこうした状況を憂い、「徳教のことに十分力を致せ」と述べられたそうです。

今現在も少なからず同じような状況にあると思っています。



次にその内容を「虫の目」で観ますと、起草にたずさわった法制局長官の井上毅は、明治天皇の想いを受け、教育勅語が「臣民の良心の自由」に干渉するものであってはならないと考え、強制的な「政事上の命令」になることや、特定の信仰・思想を強いる性質を持つことを避けるよう腐心して作業にあたったそうです。


まず「朕思うに、、、」と文章は始まっています。

それは天皇が「私はこのように思っている」という意味です。

そして、「私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、『庶幾ふ(こいねがう=切に願う)』ものであります」という天皇の希望を表明する形で終わっています。

これについて、京都産業大学名誉教授の所功氏は「明治天皇はこれを自ら明言して生涯自ら実践(有言実行・率先垂範)されたからこそ、多くの一般国民もこの勅語を『拳々服膺(けんけんふくよう=心に記して常に忘れないでいること)』したのだろう」と述べています。また、一般の政治的な勅語と異なり、首相以下全員の副署もないそうです。

 


そして「魚の目」で、その後にどうなったかを観てみますと、井上の死後、教育勅語は残念ながらその意図とは異なり、極端な「忠臣愛国(ちゅうしんあいこく)」に向けて、画一的かつ強制的なかたちで教えられることになってしまったようです。



軍国主義の強制だとの批判がなされる徳目「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ(非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません)」についてはいろいろな解釈があるようですが、私は、日本の平和と安全のために自発的に一人ひとりが力を合わせよ、という意味だと受け取っています。


戦時中、明治天皇は戦没者の名簿が届けられると、その名前を見続けたとも伝えられており、「国のため たふれし人を惜しむにも 思ふはおやのこころなりけり」との歌を残されており、天皇家を護るために戦争の犠牲になれ、と明治天皇がお考えになっていたとは、私にはとても思えません。



思えば、日本はたくさんの危機を乗り越えながら今日まで続いてきました。


東日本大震災においても、自衛隊、警察、消防を始めとする多くの人たちによる自らの命を危険にさらしての被災者救援、そして甚大な被害を受けた南三陸町の職員は津波が来る瞬間まで住民の安全のために避難放送を続けて亡くなりました。そして人々は秩序をもってお互いを助け合いました。


それぞれの力を尽くすことは全員に一律に強制されるものではありませんが、これまでも、そしてこれからも、「平和は、人任せにするのではなく、一人ひとりの思いや責任ある行動で築きあげていくもの」なのだと私も思います。

 

平成16年、今上陛下が園遊会の席上、ある参加者から「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と話しかけられた際、「やはり、強制になるということではないことが望ましい」と述べられたそうです。



今回、こうして改めて学んだからこそ思います。


保守とリベラルの違いとは何なのか?


私が確かに感じるのは、日本という国は、欧米のように人々の契約によって成り立っているのではないということ。


天皇が国民に範をお示しになって、そして、国民はそのお気持ちにこたえて、自発的にそれぞれの持ち場でできることをする。それが日本のお国柄なのではないでしょうか? 



そうして、自発的に、自然な形で一体感が醸し出されていくような君民一体の国が、日本なのではないでしょうか?



 

明治天皇の「朕思うに、、、こいねがう」という形で発せられた教育勅語は、昨年8月に今上陛下が「切に願う」と締めくくられたお気持ちの表明と同様、私たち一人ひとりがその問いかけを受け止め、それにどう応えていくのかを考えなければならないことなのだと思います。



誰に強制されるのではなく。