2016年5月14日(土)⑦




「わ」のその先に趣のある洋館

昔は診療所か何かだったんでしょうか?

時々見掛けるこう言った建物

個人の物なのでしょうけれど

中を覗いて見たくなりますねぇきらきら音符



「東海道」は新しく出来た道路で寸断される事もしばしば

そんなときは横断歩道や歩道橋など現在渡れるところまで迂回して先へと進みますルン



そうこうしていると目の前に「岡崎城」

昔は城内まで食い込んでいた事もある「東海道」

この辺だったのでしょうか?

なんて思っている間もなくまた町屋へ戻る「東海道」

汗危ない危ないまたまた見逃すところでした「か」

古い建物がちょっとだけ残るこの辺りは

「板屋町角」

「よ」おばけ。チーンとうとうわらじもなくなっちゃった?

道幅も狭いこの辺り柱を立てられないのは分かるけど

にしてもちょっと雑?

気を取り直してお次「た」は元の様子を取り戻し

西の出入口「松葉総門跡」と言うことなので

そろそろ岡崎宿も終わっちゃう?

そして見つけた「れ」は八丁味噌の八丁村

八丁味噌の老舗「まるや」と「カクキュー」が並び

その間の路地を入って行くと

「八丁蔵通り」

…でここまでで「二十七曲がり」は終わり…と言われても…


いろはに…わかよ・た・れ…って17しかないし…ボソ・・・






2016年5月14日(土)⑥




「へ」の後が公園で道が途絶えちゃう?のかと思いきや


公園の中に真っ直ぐ伸びる「東海道」

公園を抜けると「篭田町より連尺町角」の道標が立ち

その先へと進むと「と」の角があるルン

そして間もなく「ち」

「り」


「ぬ」と進むみ横断歩道を渡って坂道を矢印方向に下って行くと

江戸時代から続く老舗が看板もそのままで?残っていて(営業はしていない様子)

見るとこちら側が「漢字」表記で

振り向いた裏側は「ひらがな」

京都から歩いて来た旅人が馴染みのかな

そして江戸から登って来た旅人には武士のイメージ漢字でお出迎えと


すれ違った東下りの(京都から東海道を歩いている)団体さんが拡声器で説明しているのを聞きながら


成る程くろねこキラキラと納得して次の「る」へ

そして若干ややこしい次の「を」は…

じぃ~その前に一つ角を曲がっているけど

橋を渡るのは角にならないの?


納得行かないながらも「を」

その先は…なっ・・・なんと!隠しているのか?電信柱の陰でこんなに小さくなって…

「わ」…反則だよ見逃すところでした汗


危ない危ないボソ・・・
2016年5月14日(土)⑤




「紙」専門店?くろねこ


カーテンの具合からは店仕舞いしていそうですが

趣のある店構え…営業しているその姿を見てみたいきゃはっハート



そんな岡崎の街の基を築いた「田中吉政」

近江や柳川の都市計画も彼だとか…

どちらも魅力的な城下町星

時代と共に発展して行く温故知新の町並みは

彼の苦心の賜なのでしょうか?




こちらは「三度飛脚」

月に3度の定期便がそう呼ばれ

彼等が被ったのが「三度笠」ふふ~ん



そして「塩座」…塩を売買する権利で

お茶・魚煙・煙草等も同じ様に商いには「座銭」を納め

それは街の開発や宿の助成に使われたとか…

そうやって城下はいつも潤っていたのですねきらきら音符


そうして潤った宿場を支えた功労者「西本陣跡」


今ではみんなのオアシス「ミニストップ」ププッ・・・

そんな地の利・水の利を巧みに使った岡崎宿

金のわらじを探し探し

角を曲り道を渡って

次のわらじわらじ「ほ」「へ」と進み


「と」は?と探して旧岡崎銀行本店「岡崎信用金庫資料館」

1917(大正6)年に建てられた重厚な赤煉瓦造りでしたが

空襲で焼け落ち後に鉄筋コンクリートに建て替えられました


しかし今でもその外観は町並みの中で異彩を放っています

そしてこの辺り一帯は大名などをもてなした「ご馳走屋敷跡」だそうです

そこを過ぎると「籠田惣門跡」


楽しい城下町を築いてくれた「田中吉政」公に改めて感謝きゃはっハート

そしてまだまだ続く東海道

お次はへ?公園?あれ?道は?

2016年5月14日(土)④





いろはの「い」の先にある「根石原観音堂」


ご由緒書きによるとここ曹洞宗「根石寺」は行基法師作の悪疫退散の観音様と

戦国武将が初陣の戦勝を祈願した観音様と

2体の観音様がまつられているそうですが

お顔は拝見できないのでお堂に手を合わせ…

そして再び「金のわらじ」を頂いた現代の道標に従って

迷わないように慎重に


何せかつては折れに折れ曲がった岡崎の城下町も

今では便利に十字路やら何やらに変わり迷いやすく

ランドマークを探しながらキョロキョロ

場所ははっきりしないそうですが

問屋場や本陣などが並んでいた交差点の


向こう角に「備前屋」の看板…(*'∀`*)v

ここ岡崎宿の幻の名物「あわゆき」を

そのイメージで和菓子を創作し新しい銘菓として販売していますきゃはっ

その建物前には「江戸時代の道標」が立ち

建物脇を先へと進んで行くと

現代の可愛いモニュメントが立ち


その先には老舗のお肉屋さん

その看板で「かしわ」が鶏肉の事だと知るえへ

江戸・明治・大正・昭和・平成が入り交じった街道歩きはやっぱり楽しいルンハート






2016年10月16日(日)




「サルオガセ」の絡まりついたシラビソを見上げながら


本日も晴天の中を歩き始め

遠く「槍」を見つけて写真を撮りまくり

いずれ行きたい山を見つけてはまた写真を撮りまくり

『美しい…』と魅せられてはまたまた写真を撮りまくり


「天狗の露地」から覗いては角度が変わり違って見えてまたパシャり

とは言え山の名前は覚えられない泣き1

何度聞いても忘れてまた何度でも聞いちゃううっ・・・

登れば分かると言う人もいるけど…登った山もやっぱり分からないんですぅっ泣

それにしてもよく晴れて360°見渡せて

去年は風で吹き飛ばされそうになり

今いる山の頂きさえも霞んで見渡せなかったのに

蓼科山の神様にステキな登頂を感謝して


遠くの山々を眺めながらホテルのボックスランチを頂き

ながらも懲りずに写真を撮りまくり

スクールで登ったのとは同じ山とは思えない

全てが違って見えますが


かつては女人禁制だったこの山に

登れる幸せ噛み締めながら
足取り軽く下山ルン音符


確実に1年前より体力着いてる?




違ったププッ・・・七合目から登ったんでした