マルシェに着くと僕はすぐに宿屋に行き、泥のように眠った。


しばらく眠って目が覚めたら、思いのほか体疲れがとれて体が軽くなっていた。


街のバザーは終わりが近いらしくて、
片付けをはじめている店もあった。


あの大穴で助けたおじさんが冠職人のビルデさんだと思うので、僕はビルデさんの家に行ってみた。

仕事場ではビルデさんが一心不乱に机に向かっていた。

やっぱりあのときのおじさんがビルデさんで間違いなかった。

僕が話しかけるとビルデさんはたいそう喜んでくれた。

そして出来立てホヤホヤの冠、

『精霊の冠』

を渡してくれた。

お代を払おうとしたら、助けてもらったからいらないといってタダにしてくれた♪

おじさんの身代わり?に穴に落ちて大変だったが、
村の民芸品を売ったお金がまるまる浮いたからかなり得した気分になった。

精霊の冠…

なかなか素晴らしい冠だ。
ターニアに似合うだろう。

これを入手してくるのが僕の役目だったわけだが、
それにはずいぶんと不思議な体験をしたものだ。

いわば苦労の象徴だ。

あのまま知らない世界から帰ってこれなかったらと思うと心底ゾッとする。

だいたい透明人間になっただなんて、
もうひとつ世界があるだなんて、

誰が信じてくれることだろう?


僕はビルデさんに御礼を言って、ライフコッドへ帰ることにした。

帰路、あの不思議な世界の話を村のみんなにしようかどうしようか考えた。

ターニアやランドに話したら何て言うだろうか?

ターニアはともかく、ランドなんか信じてくれないかな?


そんなことを思いめぐらせながら、
僕は例の崖を今度はのぼって帰路を急いだ。


不思議な緑色の光を放つ井戸。

どう見てもただの井戸ではない。


僕は意を決して井戸に近づいてみた。
そして恐る恐る井戸の中をのぞきこんだ。

中は真っ暗で底らしきものはまったく見えない。
緑色の光がどこから発しているのかもわからない。

緑色の光に包まれてみると、不思議と恐怖心はなくなっていた。

まるで井戸の内部から呼ばれているような奇妙な感じがした。


よし!この井戸に飛びこんでみよう!

『帰れなくなったら…』

あの男の子の声を思い出した。

でももとより僕は『帰れなく』なったわけだから。
むしろこのわけのわからない世界から脱出できるなら大歓迎だ。


井戸の縁によじのぼり、思いきってそのまま飛びこんだ!

一瞬、ジェットコースターで下るときのようななんともいえない落下感覚があった。


ストン!!

と着地したところは地面だった。
しかもあたりは普通に明るい。

振り向くと僕の後ろに井戸があった。
小屋の中ではなくて、まわりは森かなんかのようだった。

井戸からは緑色の光は漏れていない。
底は真っ暗でわからないが、普通の井戸に見える。

小屋の中の緑色の光の井戸に飛び込んだら、森の中の普通の井戸に着地した。

もうなんだかわけがわからない。

ひとまず井戸を離れ、森から出てみることにした。

そこは北の岬ではなくて、普通の草原だった。

しばらく南下してみた。
(太陽の方角に向かった)

すると…


…大穴だ!!

あの、僕が落っこちた大穴があった!

ということは元の世界に戻って来れたのか!?

大穴は改めて見てもかなり大きい。
学校の校庭くらいはあるだろうか。

近づいてみるのはさすがにやめた。
また落っこちたらかなわない。


ここが元の世界なら、南東の方角に行けばマルシェの街があるはずだ。

頼む。あってくれ!


…あった!

あれはマルシェの街だ!!

ここはやっぱり元の世界なんだ!

あの井戸はこの世界と、落っこちて迷いこんだ、僕が透明人間になってしまう世界とを結ぶ井戸だったんだ。


帰ってこれた!

僕はものすごい安堵感と同時にどっと疲れが出た。


マルシェに行って宿屋で一休みするとしよう。

ふと、僕は不安になった。

どこだかまったくわからない世界に『落っこちて』きて、しかも透明人間になっちまったときている。

…元の体には戻れないのか?

…元の世界には帰れないのか?


誰にも存在を気づいてもらえない。
誰とも会話することができない。

いつもなら、ライフコッドにいれば、
ターニアがいて、ランドがいて、

村のおばちゃんたちがあれこれ世話をやいてくれたり、
ちょっとだけえばりんぼだけど優しい村長、

村のみんながあちこちで僕に話しかけてくれる。
こちらからも気軽に話しかけられる。


…なんて幸せなことだったんだろう。

透明人間がこんなにも孤独で辛く寂しいものだったとは。

誰か僕に、元通りになれる方法を教えてくれ・・・!


僕は落胆してそこいらをあてもなく歩き回った。


女の子と男の子がまだ喧嘩をしている。
たしかどこだかの井戸に冒険をするかしないかって話だ。


『だぁかぁらぁ!
 どうしてそんなに意気地無しなの?
 大丈夫よ、行ってみましょうよ!』

『だってホントに帰れなくなったらどうするんだよぅ…』

女の子にせかされて、男の子は今にも泣き出しそうなくらいに困っていた。

やれやれ、女の子もキツイが、男の子のヘタレぶりときたら。

帰れなくなったらどうするかって…。

帰れなく?

…。

…え!?それって今の僕のことじゃんか!

もしかしたらそのナントカの井戸に行ったら手がかりがあるかもしれない。

一体どこにあるんだろう?

そこで僕はさらに二人の会話を聞いてみることにした。


会話はさらにヒートアップしていた。

聞いているうちにいくつかキーワードが出てきた。


北の岬

夢見る井戸


いかにもなかんじのキーワードだ。

とにかく行ってみるしかない。


僕は、男の子が女の子に弱虫呼ばわりされているのを尻目に、
とりあえずその北の岬を目指した。


街(村?)を出てから北へ向かって歩いた。

幸い太陽が出ていたのでだいたいの北の方角がわかった。

歩くうちに地形がだんだんと岬らしくなってきた。
どうやらここが北の岬だ。

さらに岬の先端へと歩いた。


すると小さな古びた小屋があった。
人が住んでいるような小屋ではない。

近づいてみると、小屋の前の立て札に、

『キケン!小屋の中の井戸に近寄るべからず!』

と書いてある。
ではこの中に夢見る井戸があるのだな。

よし!入ってみるぞ。

扉は古く、ギィギィときしんで開いた。
僕は恐る恐る中をのぞいてみた。

薄暗くてひんやりしたいやなかんじ。
ちょっと気味が悪い。

こんなところ、さっきの男の子が来たらビビってちびるかもしれない。


奥の方がうすらぼんやりと光っている。


……井戸だ!!

井戸の中から緑色の光がほわほわと立ち上り、
井戸周辺が薄緑色にぼんやり光っている。


井戸の中から光?

一体この井戸は何なんだ!?
とりあえず町に行ってみた。

…どこだ?ここは。
まったく知らない町(村か?)だ。

まさか天国ってことはないよな。
だって『下に落ちた』のだから。

誰かに聞いてみよう。
ちょうど通り掛かった男性がいる。

あの~スイマセン、、、、、

………あの、、、

………。

「???」


…おかしい。

僕がいくら話しかけても聞こえないらしい。
もしかして耳の不自由な方なのか?

いや、それにしては僕のことが『見えてない』ようだ…

なんだかわけがわからなくなってきた。

この人じゃらちがあかないので違う人を探した。

あのおばちゃんならどうだろう?

しかし僕がいくら話しかけてもおばちゃんは一人で勝手に子供の愚痴かなんかをブツクサ言っているばかり。

…またしても僕のことが見えてないようだった。

てか、『存在に気付かない』のだ。

店に入って武器屋に話しかけてもダメ。

教会に行って神父様に話しかけてみた。
やはり神父様も同じだった。

僕はしかたがないからこっそりと(勝手に)お祈りをさせてもらった。

…僕は透明人間になってしまったのか!?

子供たちが遊んでいたので近付いてみると、親に止められている遊び場所に行くか行かないかでもめていた。

夢ナントカって井戸らしい。
面白そうな場所だが、帰れなくなった人もいるという噂があるとか…。

女の子が行く気満々なのに、男の子がやや怖じけづいている。
…女の子が強い世相がここにもあらわれているぞ。


ひときわ大きな家があり、入ってみると、
驚いたことに犬がとんできて僕に向かって吠えまくった。

犬には僕がわかるらしい。

飼い主らしき女の子がすぐに来て犬をたしなめたが、
女の子にはやはり僕が見えないようなのだった。


しばらくあちこちうろうろしていたら、建物の陰になった人目につかないところに怪しげな、見るからに胡散臭い男が二人でこそこそと何やら話していた。

どうせ僕の姿は見えないのだろうから、
近付いて話を盗み聞きしてやろう。

するとコイツら、なんと誘拐の相談をしていやがった!

さっきの吠えワンコの家の女の子を誘拐して、
身代金をせしめようって魂胆だ。

とんでもないぞ!

誰かに知らせることはできないものか。
犬なら僕が見えても、誘拐のことを伝えたところでわからないしなぁ…。

なんとかして誰かにこのことを知らせなくては…!


…でもどうしたらいいんだろう…。
冠職人の親父さん、ビルデさんをさがしに、
僕は『西の橋の先の森』へ向かった。

マルシェを出て西に少し行くと橋があった。
橋を渡ってさらに先へ先へ…

森といったって山や森はたくさんあるからどこの森なんだか皆目見当がつかない。

まいったな…

…などと思いながらうろうろしていたら、
信じられない光景がいきなり目の前に広がった。

なんと、地面に大穴があいているのだ!

な、なんだこれは!

やたら大きいし、しかも底がない、
というより穴のはるか下に地面らしきものが広がっている。

これは奇っ怪な!

穴だけでも奇怪なのに穴のはるか下に世界がもう一つあるではないか!

嘘みたいな光景だ。

僕はしばし呆然としたが、気をとりなおして大穴のまわりをぐるっとまわって歩いてみた。

所々ではるか下界をのぞき見ながら。

するとどこからともなく誰かが叫んでいる声が聞こえてきた。

…ぉ~ぃ

…お~~~い

声のするほうへと行ってみると、大穴に必死につかまり、今にも下界に落っこちそうな男性を発見した。

「た、たすけてくれ~~~!誰か~~~!!」

これは大変だ!

大急ぎで男性のところへ駆け寄り、引っ張り上げようと試みた。

…なかなか重たい。

う~~~~~ん、と力をこめてやっとのこと引っ張り上げた。

と同時に引っ張り上げた反動でバランスを失い、なんと僕が大穴の中へまっ逆さまに落ちてしまった!!

うわ~~~~~~~っ!

はかなかった僕の人生…
ターニア、ランド、ごめんよ…

走馬灯のように村のみんなの顔や景色、今までのあれやこれやが駆け巡った…



…ん?あれ?
目の前には普通に地面がある。
たしかに落っこちたのに、どこも痛くもかゆくもないし、落ちた衝撃もまったくない。

おかしいな。

落ちたのは気のせいだったのか?
また何か夢でも見ているのか?

あたりを見渡しても大穴はなく、かわりに向こうのほうに町が見える。

マルシェの町か?
それにしては何か違うようだ。

僕はなにがなんだかわけがわからなくなり、ひとまず立ち上がり、体がどこも痛くないこと、普通に動けることを確認した。

しかたがないな。

あの町までとりあえず行ってみることにしよう。