光文社の新訳シリーズは読みやすいから好きなんです。
何世紀にも亘って読み続けられる作品ってやっぱり魅力的なんだね。面白かった~♪
舞台は16世紀終わりの頃のヴェニス(ベネチア)。高利貸しのユダヤ人(シャイロック)から、自らの人肉1ポンドを抵当に金を借りたベニチア人の話。人肉を抵当に出したのは返済できる目処があったから。ところが商売の目算が狂い返済できなくなると、これまでベニチア人(キリスト教徒)に虐げられてきたシャイロックは人肉を差し出すよう頑として譲りません。結論は裁判へ持ち越されます。
ここでは高利貸しのユダヤ人=悪人という図式が成立しているんですね。
産業革命前の中世では経済はほとんど成長していないので、利息をとることは誰かの富を奪うことになっていたようです。誰かにとってのプラスは誰かにとってのマイナスということ。ゼロサムです。ユダヤ教徒は異教徒から利息をとることは認めていたので、キリスト教徒の富を奪うユダヤ人はイコール悪人となったのでしょう。キリスト教が金利を容認するのはこの時代の後になります。イスラム教は今でも利息をとることを認めていません。イスラム世界の発展が西欧に対して遅れたのは金利を認めず金融資本の蓄積が進まなかったからと聞きました。その代わりにイスラム世界はヨーロッパとアジアの間を取り持つ交易国家として栄えました。イスラムと聞くと製造業や金融業ではなくなんとなく「商人」を連想してしまうのはこのような歴史的な背景があるから。
西欧では金融が大規模に発達し、長期に亘って資金を産業界に供給したことにより、分業化が進展。科学技術もまた発展し今日の生活があるわけです。
なので本来金融とは生活水準の向上に役に立ってるんですが、経済成長のない世界、祖父母が子供の頃の生活と孫の生活水準が変わらない世界と、明日は今日よりもいい日になるという現代とでは金貸しに対する理解が全く異なっているんです。
金融への評価は時代とともに変わりましたが、この舞台の本来のテーマである「友情」や「夫婦愛」は普遍のものです。普遍である友愛をコメディタッチの演劇にすることで、400年以上経った今でも読み継がれている作品になったのでしょうな。
初めて手にしたシェイクスピア。他の作品も読んでみたくなりました。
おわり
