安倍公房の名著。
なんだろう。この読後感は・・・。
唯一無二といっていい世界だと思います。
昆虫採取が趣味の男が砂山に覆われた村に迷い込む場面から物語が始まります。
砂掻きをしないと埋もれてしまう廃屋を守り続ける女。
一宿一飯で終わるつもりが、男を逃がすまいとする村人に脱出を阻まれ、女と延々と続く砂掻きをする生活に陥ります。
あの手この手を使って脱出を企てるも、砂の壁を乗り換えられず、いや乗り越えても村人達の執拗な追跡に会い、女との共同生活に戻される男。
やがて女が妊娠したことが分かると同時に、ふとしたから脱出方法を発見し実際に脱走に成功するが・・・。
いつでも脱走することはできるんだ。それよりもこの脱出できる方法を伝えたい。伝えれらるのは・・・、そう女しかいない。
自らの意志で再び女との生活に、砂を掻き続ける生活に戻っていく男。
誰しもが現状を変えたいという思いに刈られたことはあるのでしょうが、決断ができない。いやそもそも現状を変えたところで、本当によりよい未来が待っているのか確信が持てない。そもそも俺は今の暮らしの何が不満なんだ、いやいや案外悪くないだろう。結局現状が居心地がいいんじゃないか。
今の自分の生活にあてはめてそんなことを考えてしまいました。
20か国語に翻訳され、今なお高い評価を受け続けるいう「砂の女」。
そう、読後感が砂のようにまとわりつくのです。
