順張りのヤスさんのブログ -6ページ目

けやき通りのプロポーズ⑤(完結)

六本木けやき通りのイルミネーション


『プロポーズしてください』彼女は、六本木ヒルズを見上げながらそう言った。

『え?...』私はビックリした表情になった。

『早く、まだ?』

『はい...はい』私はネクタイを締め直して、姿勢を正した。

『結婚してください』と、私は言った。

彼女はしばらく目をつぶって、考え込んでいるかのようだった。

『はい』彼女はそう答えた。

私の目の前でとんでもないことが起こっていた。

人は、家族でなければ、何年もの間、違う文化、習慣を経験する。
違う場所で生まれ、違う境遇で様々な経験をし、違う思想を獲得するのである。

何年かデートはしても、その差はそうそう埋まるものではないはず。
彼女と、私という個人は、殆ど違うといっていいはずである。

その相違点があるにもかかわらず、その相違点をあえて踏み越え、私の目の前の女性は、私と結婚し、一緒に暮らしてもいいと言っているのである。

私にとって、それが、とてつもなくとんでもないことに思えさせたのである。

とても、とても不思議な現象だった。

『もう一回、プロポーズして』

『...結婚してください』

『もう一回...』彼女は目に涙を溜めて、声を詰まらせながらそう言った。
『もう一回プロポーズして』

『アヤ...オレ、アヤのこと幸せにするよ。約束する。この先、どんな時も、どんなことがあっても、オレは、アヤのそばにいてあげる。だから...だから結婚してください』

『私を幸せにしてね』

私はそっと彼女を抱きしめた。
時がゆっくりと流れる。

けやき通りには、多数のカップルが歩いている。
12月の冷たい風が、ゆっくりと吹いていた。
通りの樹木には、青白く輝くLEDが無数に散りばめられ、星の光のように瞬いていた。


その後、私たちは六本木ヒルズの大展望台に行った。
海抜250メートル、360度のパノラマ。
新宿の副都心、東京タワーが見える。
大きな闇の中できらきら光る灯りの海が私たちの眼前に拡がる。

私は、この東京という街がキライである。
人は冷たいし、誰もが誰かの足を引っ張ろうとしているかのようである。
信じられるものなどないし、愛すべきものもない。
私は、東京がキライなのだ。

人なんて信じるもんじゃない、と思ってた。
気がつけば、人はいつでも一人ぼっちのはずではないか。
一生、一人のままでもいいや、なんて考えたことがある。
そう決めつけた方が楽じゃないか、って嘘ぶいたこともあった。

でも、今夜だけは、二人で観るこの街が、ちょっとだけマシに見えた。
その先に明るい兆しが見えるような気がした。
なんだか無性に笑ってみたい。
ワクワクする、ステキな気分がした。

信じられるものができた。
こんな私でも待ってくれる人がいる。
もう自分は一人なんかじゃない、そんな気がした。

こんなに満たされた気持ちになったのは、生まれてはじめてだった。
今夜のこの気持ちを自分のハートの一番やわらかい部分にしまいこんで、ずっと忘れないでおくのだ。

『ねえ、アヤ』
『ん?』彼女は振り返った。

『なーに?』彼女は笑ってる。
彼女の笑顔は、夜景に照らされて、とびきり輝いて見えた。

この気持ちを彼女に伝えたいけど、なんだか適当な言葉が見つからない。
それに言葉にしてしまうと、とても安っぽくなる気がした。

『...いや、そのう、なんでもないんだ』私は頭を掻きながらそう言った。

振り返って、眼下の夜景を二人で見た。

いつまでも、いつまでも、私たちは、東京の街の灯を見ていた。



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『プロポーズした時の話を伺いたいんですが...』インタビュアーの女性は、そう続ける。

私は我に返った。

そんなことがあったのだ...。

私たちは普通の夫婦である。
大して際立った特徴があるわけではない。
どこにでもいる夫婦である。
特に取材するべき価値もないかもしれない。

でも、そんなことあるものか。

私たちには、こんなにも誇るべき想い出があるのである。

『...プロポーズって、どんな感じだったんですか?』インタビュアーの女性は、相手に話を聞き出すために、質問の内容を変えてきた。

『ええっつと...その...まあ、普通に...』

妻は、何と言っていいか困惑している。
妻はとても頭がいい、そう、賢いのだ。計算が得意で、機転が利くし、家事も上手だ。
ただし、トークが下手である。
色んなアイデアが、頭を駆け巡りすぎて、うまく話をまとめられないのである。

私はすかさず助け舟を出した。

『私が代わりに話しましょうか?』

『ええ、是非お願いします』インタビュアーの女性は、待ってましたとばかりに、私に微笑みかけながらそう言った。

私は、少し深呼吸した。
どこから話そうか?
私の思考回路は、こっ恥ずかしくて人には言えない部分だけを丁寧に切り取りながら話を組み立て始めた。

『...それはですねえ』それが終わると、私は話し始めた。

喫茶店の窓から、六本木ヒルズが見える。
テレビ朝日の本社も見える。
そして、あのけやき通りが見える。

もうすぐクリスマスがやってくる。
時は10月。けやき通りのクリスマスが、またやってくるのだ。

<了>

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写真1:けやき通りのイルミネーション
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■六本木ヒルズ 大展望台
 
http://www.tokyocityview.com/ja/index.html

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