ボクは虐待を受けた記憶も激しい苦痛に晒された記憶もない。
でも気づくと心を失い
人の形をした人形になっていた。
なぜだろう・・・。
その問いの答えを見つけ、人としての心を取り戻した経験を
ここに書いていこうと思う。
いつかボクの体験が誰かの役に立ち
いつか誰かの心を取り戻すキッカケになれば嬉しい。
貧困国と言われる貧しい国で生活している子供たちを助けたい。
これはボクの思い込みかもしれない。
そんな可能性をこれっぽっちも考えたことがなかったボクは
Mさんの言葉に人目を気にせずに号泣してしまった。
なぜ涙が出たのか。
冷静になって考えると
「助けたい」と言うボクの気持ちは
裏を返せば
「助けてほしい」と言うボク自身の言葉だったのだ。
人間は自分が意識しているものに目が向く。
例えば、車がほしいなと考え始めたとする。
するとどうだろうか。
ほしいなと思う車をよく目にする。
と言う経験をしたことはないだろか。
これが無意識で意識すると言うことだ。
意識している気は全くないのに、無意識的に意識しまくってるのだ。
だからこそボクは自分が助けてほしいと無意識で考えているので
誰かを助けたいと言う思考に走るのだ。
もちろん、誰かを助けたいと言う気持ちが悪い訳ではない。
だが、ボクの場合は
「将来、どんな理想な生活をして、どんな仕事をしてるのが思い浮かびますか?」
と問われ、必ず真っ先に思い浮かぶのがボランティアだった。
今から思えば病的なくらい、助けてあげないと!ボクがやらないと!
と考えていた気がする。
ボクは意を決して、継続してMさんと話をし
月に一度のペースでボクの心の中を整理する時間をとってもらうことにした。
二度目の話をしている中でボクはMさんから言われた
「あなたのお子さんは?幸せにしてあげられてますか?」
と言う言葉にハッとさせられた。
よその知らない国の会ったこともない子供を幸せにしてあげないとと思う反面
自分の子供たちのことはどうだろうか。
ボクの子供たちは幸せですよ。
とは言えなかった。
ちょうど話をさせてもらう数日前に
「それはダメだ!お金がかかりすぎるからNO!」
と子供に言ったことを思い出した。
