2年が経ちました。

あの日も今日のように寒い日でした。

$サウンドエンジニア・プランナーTakayaの徒然なブログ-2013.3.11
亡くなられました多くの方々のご冥福をお祈りすると共に、
大変な思いをされている皆さんへお見舞い申し上げます。
また、未だに行方不明の皆さん及びそのご家族・ご親戚・ご友人の皆さまの元へ
一日も早く帰られることを祈っております。

この日に皆さんが改めて色々な思いを込めているコメント見る中で、
伝えるべきかどうか思いましたが・・・

あくまで非難したり、怒りを込めた意味ではないことをお伝えしておきます。
そして、不適切な表現もあるかもしれませんが、お言葉そのままに載せさせて頂きます。

先日の大阪へ打ち合わせで行っていた際に、初めてお会いした方との会話(女性)。
ひとしきり仕事のお話をさせて頂いた後、その女性より震災の事に関してお話が切り出されました。
もちろん、僕が今でも仙台に自宅があることを知っての上です。
「復興はなぜ進まないんだろうね」
「寄付金や予算はどこに行ってどの様に使われているのか判らないね」
気にかけて頂くことは有り難いことです・・・が
「復興需要で景気いいんでしょ(羨ましい)」
「津波にあったあんな土地にみんな何で帰りたいのかな?」
「仮設に入れた人はかえって良かったんじゃない?」
→僕の「どういう意味ですか?」の言葉を受けて
「文化住宅に住んでいる人ばっかりが、結局行政のお金で新しい綺麗な仮設住宅に入れて幸せ何じゃない?色々めぐんでもらっていてお金かからないでしょ」

言葉を失います。
何と答えていいか判らなくなりました。

こいう会話があった事を話したらみんな怒りを表しました。
でも、この時、僕は考えました。

こういう考えになるのは離れた地では仕方無いのではないかと。
阪神淡路大震災の際、僕らはどうだったかと。
せめて、3.11までに報道でいろいろあるでしょうから、可能なら見て下さいと伝えました。
みんながこう思っていると言う訳ではないのですが、他の地域のごく一般的な方の認識を代表するような気がします。この方の身近な方々とはきっとこんな会話がされているのでは?と思います。
離れていては実感が薄れていくというのも仕方ないと思います。
この2年間の報道や行政の対応などがこういう言葉を生み出しているのでしょう。
と思うと、この方に対して怒りは湧いてきませんでした。
・・・悔しいというか、その方が大きかったです。
事細かにとはいきませんでしたが、可能な限り僕の知るところは伝えました。

直接この様な会話をされたのは僕は初めてではなく、数度となくありその度熱く語ってきました。
被災者の方々の現状
ボランティアの方々の力
チャリティを積極的に行う仲間
原発地域の現状・・・

でも、こういう会話を真正面から受けるのは実は僕の役割でないかと感じましたね。
忘れられないように、風化しないように可能な限り伝えていかなくては。
多くの土地へ行く機会を頂いているという感謝と、そこへ行った時のもう一つの役割というか。

決して同情や支援を頂きたいのではなく、
あくまで現状、正しい情報を得て欲しいと願うだけです。
そして、防災や原発に関して考えて頂きたいだけです。

今日は様々なイベントや特番が組まれています。
離れている地域の方は少しでも現状の報道に触れて欲しいと思います。

ありきたりの言葉しかない自分が情けなく感じます。
出来ることを自分なりに・・・改めて。

あの明かりの消えた街並み、暗くも星の眩しいくらいの夜空・・・
その中で過ごした日々
見慣れた街、それが一瞬で見渡す限りの荒野になった風景・・・
これまで触れてきた被災地の現実・・・
どれも一生忘れないです。

合掌

$サウンドエンジニア・プランナーTakayaの徒然なブログ-2012新地

$サウンドエンジニア・プランナーTakayaの徒然なブログ-山元駅