最終章
私は吉永君の電話の意味が分からなかった。
「何を言いたいの?」
「だから、階段の上で座って眠っていても落ちないということさ」
「それで?」私はつっけんどんに言った。
「続きは会って話したい」
吉永君の思わせぶりな言い方に、私は幾分苛っとしてきた。
「どこで?」
「T神社の石段で」
「嫌よ」
私は即答で拒否した。
常盤靖子に呼び出されて、ビンタされた悔しい場所だ。
吉永君とのキスを強要された恥ずかしい場所でもある。
そして、久保先生が死んだ恐ろしい場所だ。
そして何よりも、松村が警察に連れていかれた悲しい場所だ。
「どうしても嫌なの?」
吉永君がいつもの吉永君ではないような、妙な感じがした。
「嫌」
私は素っ気なく答えた。
少し間があった。
「じゃあ、いいよ。仕方ない。諦めるよ」
吉永君が電話を切る気配がした。
私は肩透かしを食わされた気分だった。
「ちょっと、待って」
咄嗟に吉永君を呼び止めた。
興味を持った訳ではなかった。
でも、このまま切られては気になる
。
私は仕方なく、1時間後の約束をして、T神社の石段へ行くことにしたのだった。
吉永君の真意が分からなかった。
私はそれでも、気を取り直すと、お洒落をしていこうと思った。
こないだ買ったガーリー(少女ぽくて可愛いらしい)なオレンジピンクのレースショートパンツをはいた。
トップスは白のTシャツをさり気なく着た。
私は髪をとかすと、頭の高い位置にひとつに結んでポニーテールにした
。
それを丸めてペパーミント色のバナナクリップで留めた。
何となく、吉永君は私を好きなのかも知れないと、前から思っていた。
私の気持ちは松村を好きでありながら、憎んでいる。
吉永君に対して、どうということはなかった。
でも、可愛いい私を見せたかった。
そう演出しなければならないと思った。
キッチンに行くと、昼食としてレーズンパンが置いてあった。
でも、食べる気がしなかった。
冷蔵庫の中で冷えていたガラナの缶を一気に飲んだ。
薬くさい味が口の中に広がった。
松村が好きだと聞いて、私も飲み始めた。
好きなのか嫌いなのか分からないが
、いつの間にか薬くさい味に馴れていた。
時計を見ると、約束の一時間後の15分前だった。
私は外に出た。
むっとした夏の風が吹いていた。
私は自転車をこいで、T神社に向かった。
T神社に着くと、吉永君はすでに来ていて、石段の一番下に座っていた
。
私を見つけると、軽く手を挙げた。
さわやかな好男子がそこにいた。
私は自転車を適当に止めて、吉永君のいる場所へと進んだ。
「来てくれてありがとう」
濃くて長いまつげは形よい瞳を縁取り、いつものように微笑んでいた。
「早く、話しをして」
そう急かしながら、私はペパーミント色のハンカチで額の汗を拭いた。
バナナクリップと同じ色を使って、
涼しさを醸し出しているはずだ。
吉永君はしばらく、私を見つめていた。
私も永君を見つめた。
目を反らすと、吉永君のペースに飲み込まれて、負けてしまうような気がした。
だから、私は自分をガーリーに仕上げてきたのだ。
先に目を反らしたのは、吉永君だった。
「ここで、高山さんに唇を差し出された時は、本当にぼく、どきどきしたよ」
「……」
「気絶された時は、ちょっとショックだったけれどね」
「そんな話しを聞きに来たんじゃないんだけど」
私は凛として言った。
吉永君は微笑みを浮かべたまま、淋しそうにうつむいた。
「石段を登ってみよう」
吉永君は私を誘いながら、石段を登って行く。
「吉永君!!」
私の呼びかけに振り向きもしないで
、吉永君は先に登っていった。
仕方がなく、私も後を付いていった
。
吉永君はGパンをはいていた。
黒のTシャツだった。
コンビニの袋を持っている。
袋の中に水のペットボトルが2本入っていた。
十数段の石段を登り、一番上の石段左端に座った。
私も登りきると右端に座った。
「これ、飲まないかい?」
そう言って、ペットボトルの栓を開けてくれて私に差し出した。
私は暑い風の中、自転車をこいで来たからか、喉が渇いていた。
ごく自然に「ありがとう」と受け取ると、ごくごくと音を出して、飲んだ。
それも、私の可愛いらしさを出す演出だった。
冷たい水が喉を通り胃に落ちていく
。
正直言って、こんな時の水は美味しくてありがたかった。
でも、私は久保先生がここから落ちていったことを思い出すと、怖くなった。
昨日、松村はここからから現れて、そして消えていった。
私がそのように仕向けたことだけど、何となく後味が悪いのは、もしかしたら、浅井刑事に密告したことを後悔しているのかもしれない。
私はやっぱり、松村を思っている。
私はその思いを振り切って、吉永君に訊いた。
早く本題に入りたかった。
「階段の上に座って眠っても、落ちていかないって、吉永君言ったわよね。何が言いたかったの?」
「よく、居眠りしている人がコクンコクンと前後に揺れていることを、『舟を漕ぐ』っていうよね」
私は頷きながら、次の言葉を待った。
「でも、前に倒れていかない。倒れないんだ。人間ってそういうもんなのさ」
私は目を見張った。
「賢介のお母さんの場合は、きっと事故なんだろうな。ぼくが賢介んちの玄関のドアを開けたので、賢介が慌てて降りてきた時、お母さんが引っかかって来たんだろうな」
そう言って、吉永君は私を観察するように見た。
その目は真剣だった。
私はペットボトルの水を全部飲み干していた。
それを確かめたようだった。
何となく、ざわざわとしたような感覚が体を通り抜けた。
「久保先生の場合は、賢介のお父さんと不倫したから、ぼくが背中を押した」
私は声にならない悲鳴をあげた。
腰を浮かそうとしたが、何故なのか
動かない。
「ちょっと‥待ってよ‥吉永君‥何を‥言って‥いるのよ‥」
呂律が回らない。
私が吉永君を演出しているはずだったのに、吉永君の演出に巻き込まれてしまったのだ。
だんだん、眠くなってきていた。
吉永君は私の背中も押すのだろうか
。
「高山さんがいるから、賢介は成績がトップになれなかった。だから、賢介は賢介のお父さんにとっても酷く叱られていた。賢介は君を恨んでいた。君がいなければ、賢介はトップになれたのに」
「そんな‥こと‥私‥関係‥ないよ‥」
「ぼくは高山さんが好きだと、自分に言い聞かせていた。でも、やっぱり、嘘はつけない。ぼくは賢介が好きなんだ」
私はもうろうとしながらも、空を見た。
雲の峰が見えた。
「今日は良い雲が出ていないから、撮影中止」
と、監督に言われても、私は我がままを言わない女優になるの!
私は意識が遠のく中で叫んでいた。
完
最後まで読んでいただき、感謝いたします。
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