第15話
白老は登別と苫小牧の間にある町だ。
「ねえ、秀ちゃん、温泉楽しみだなあ。だって、まだ、湿疹の後が残っていて、汚いんだもん。温泉入ったら肌が良くなるでしょ」
無邪気に実亜が話してくる。
「でも、すごいよねえ。温泉付き別荘だなんて。お金持ちの人っているところにはいるのね」
実亜はため息混じりに、遠くを見るような目になった。
でも、僕には実亜に応える余裕がなかった。
別荘に着いてから、僕はどうすれいいのだろう。
落ち着かなかった。
僕は後悔をしていた。
どんな理由をつけてでも、来るべきではなかった。
先頭の車が瀟洒な建物の前で止まった。
それに続いて、朔の車、そして僕の車を止めた。
車から萌子さんのご主人が降り立って、ここです、というように合図を送ってくれた。
それから、助手席に回ってドアを開けてあげている。
萌子さんが降りているのが見えた。
僕たちはそれぞれでドアを開けて降りた。
「わ~。素敵~」
実亜と早苗さんが瀟洒な建物を仰ぎ見て歓声を上げた。
白老は札幌より積雪は少なかったが寒かった。
萌子さんのご主人が玄関の鍵を開けて、まず、萌子さんを中に入れてあげた。
続いて、朔がドアノブをご主人から預かって、僕たち3人が先に入った。
玄関の土間が広い。
十数人のお客の靴を並べても、余裕のある広さだった。
玄関ホールもセンスの良い調度品が並び、僕たちを歓迎してくれているのが分かった。
廊下を少し右に進んだ、行き当たりのドアをご主人が開けると、やっぱり先に萌子さんを中に入れてあげる
。
それは、長年そうしてきていることが分かる自然な動きだった。
常に、ご主人は萌子さんに慈愛に満ちた眼差しを向けている。
僕は複雑だった。
ドアの向こうはリビングだった。
木彫の布張りのソファーが僕たちを招いていた。
暖炉に装った石油ストーブのスイッチをご主人が入れた。
迷いがない。
全てに慣れていた。
「まだ、寒いでしょう」
ご主人がそう言って、ソファーでくつろぐように勧めてくれた。
コの字に並んでいる青い色の薔薇模様のソファーに、それぞれの夫婦が組になってコートを着たまま座った。
「まず、コーヒーを飲みますか」
ご主人がみんなに訊いているようで
、萌子さんに確かめるように提案した。
「飲みたい」萌子さんが答えると、
ご主人は軽く頷いて、
「妻は何をするにも、まずコーヒーを飲んでからでないと駄目なんですよ」
軽く笑った。
妻…
その響きが僕に嫉妬の炎を燃えさせた。
ご主人がリビングと対面になっているキッチンに立ち、コーヒーメーカーでコーヒーを落とす準備を始めた。
萌子さんは儚げに僕たちの向かいに座っていた。
「誰もタバコは吸わないんですかね
」
朔がみんなを見回して言った。
「私はもちろん、主人も吸いません
」
萌子さんが応えてから「朔風さんは」と訊き返した。
すると、早苗さんが、
「家も吸わないんです。前は朔ちゃん吸っていたんだけど、子どもが生まれる時、止めてもらったの」
朔に相槌を求めるように朔を見た。
朔のところには2人、子どもがいた。
今日は親に預けて来たと言っていた。
「実亜ちゃんのところは?」
萌子さんが僕らに話しを振ってきた。
「秀ちゃんは吸わないの。前は吸っていたらしいけれど、昔の恋人が、タバコが嫌いで、煙りを吸ったら咳き込んだので、それで止めたんだって」
僕は慌てて、萌子さんを見た。
「恋人のためにタバコを止めるなんて、実亜ちゃんのご主人、優しいのね」
萌子さんは何の躊躇もなく実亜に微笑んでいる。
「昔の恋人に感謝よ。私もタバコ嫌いなの。だから、秀ちゃん吸わなくて良かった」
僕は居心地が悪かった。
部屋が暖まってきたのもあるのか、嫌な汗が背中を伝わった。
僕は「暑いですね」と言ってコートを脱いだ。
それを見たご主人が、「コートはこちらのクローゼットの中に」と、案内した。
みんなも脱ぎ始め、それぞれがコートをハンガーにかけた。
萌子さんはご主人に後ろからコートを脱がしてもらい、ご主人が萌子さんのコートをハンガーにかけたのだった。
何でもないことだ。
別に何でもないことだ。
しかし、僕は萌子さんに愛と憎の表裏一体の気持ちがコントロールできなくなっていくのだった。
続く
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愛川るな
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