第1話
秋の長雨が、雲間に高い天を見せたのも気まぐれだったらしい。
また、雨が降り出していた。
今日、9月17日は、私立稲星(とうせい)女子中学校で、全学年の生徒が2学期の中間テストを受けていた。
真ん中の列の一番後ろの席で、テストを受けていた野口怜那は、得意な歴史の答案用紙を見直して満足していた。
そこにいるだけで、花が咲いているかのような、華やかさが怜那にはあった。
決して、可憐な花ではない。
東南アジアに咲く色鮮やかな花のようである。
ショートカットの髪が怜那の色黒の肌をひときわ引き立てていた。
怜那が腕時計に目を走らせると、終了時間までに5分あった。
怜那は窓側の一番前の席のおかっぱ頭の子の後ろ姿に視線を移した。
『鎌倉時代、蒙古襲来と言われる出来事の時のモンゴルの皇帝は誰か。』
(理沙、7番のこの設問、解けたよね)
怜那は理沙の後ろ姿に心の中で話しかけた。
歴史がというより、勉強全般が苦手な理沙に怜那は、この設問は絶対出るからと答えを教えていた。
終了のチャイムが鳴った。
「はーい。終わり」
この時間のテスト監督をしていた数学担任の中川先生が、声を上げた。
シャープペンシルを机の上にしぶしぶ置く生徒、晴れ晴れとして置く生徒、怜那のようにすでに置いている生徒など様々である。
答案用紙が列ごとに前に回されると、一番前の席の生徒が、壇上の中川先生のところへ持っていく。
中川先生がそれを手早く整えた。
「担任の相葉先生が来るまで静かにしているように」
そう言うと、怜那のほうを見て目で合図を送った。
今日までの一週間、テスト期間で休みだった部活が今日から始まるからな、という合図だった。
怜那は軽くうなずいた。
怜那も早く校庭を走りたかった。
もうすぐ、秋の陸上大会がある。
怜那は札幌市内で100メートル走の最高記録を保持していた。
しかし、外はまだ雨が降っている。
廊下で筋肉トレーニングをするしかない。
日直の号令であいさつを交わすと、中川先生が教室を出て行った。
と、同時に、理沙が満面の笑みをたたえて怜那のところに飛んできた。
「怜那、怜那。怜那の言った通り、あの問題が出たね」
声を弾ませている。
「でしょう?それで、理沙、答えられたよね」
そこへ、舞子も怜那の席にやってきた。
2人の話しを聞いた舞子が、
「理沙、何て書いたの?」
からかうように言った。
理沙が胸を張り、
「エビフライ・ハーン」
得意気に答えた。
一瞬、怜那も舞子もきょとんとした。
そして、2人はお腹を抱えて笑い出した。
しかし、怜那は笑いながら、だんだん腹が立ってきた。
いつものことだが、理沙にはどうも人の一生懸命さに頓着しないところがある。
「理沙…」
怜那は呆れ顔で言った。
「確かにエビフライは似ているけれど、常識を考えてよ」
理沙は何のことだか、わからない風だ。
「理沙。『エビフライ』じゃなくて、『フビライ』だよ」
舞子がいくぶん、不機嫌になっている怜那をとりなすように、理沙に告げた。
「ああ!そうか!」
そう言って、舌をペロリと出すと、今度は理沙がお腹を抱えて笑い出した。
そうこうしているうちに、担任の相葉先生が帰りの会をするために、教室に入ってきた。
席を離れていたほとんどの生徒達が、慌てて自分の席に戻って行った。
怜那はため息をつきながら、教壇に立つ相葉先生を見た。
長い髪を後ろに一つに縛っている相葉先生は、髪をほどき、はらりと肩にかかったら、もっと艶やかなんだろうな。
そんなことを怜那は考えた。
「みなさん、テスト、お疲れ様でした。日頃の勉強を頑張った成果が発揮出来ましたか」
そう言って、教室内をぐるりと見渡した。
瞳縁取るまつげが長いのが、はっきりと分かった。
「There is no royal road to
learning」
英語担任の相葉先生は必ずこのことわざを言う。
「先生。意味は何でしたか?」
理沙がいつものように臆面も無く、聞き返す。
クラスのみんなは、理沙を相手にする様子もなく、周りと勝手に話し出している。
相葉先生は嫌な顔もせずに繰り返してくれる。
「『学問に王道なし』ですよ」
相葉先生は微笑みながら理沙に向き直った。
「ああ、ユークリッドがプトレマイオス王に言った言葉ですね」
みんなが知り尽くしている事を、おそらく理沙は得意満面の顔で言っているのだろうと、怜那は想像した。
そう思うと可笑しくなるのだった。
「そうです。勉強をするには楽な道はないということです。先生は『人生にも王道なし』と思っています」
この言葉は相葉先生にとって、生徒に人生の辛さを教える言葉と同時に、自分に諭している言葉でもあった。
相葉百合子先生も28歳の女性として、苦しみがあることを、14歳の生徒達に解るはずもなかった。
ただ、野口怜那と早川舞子は、相葉先生のかげりを見逃さなかった。
つづく
最後まで、読んでいただきまして、ありがとうございます。
コメントをいただけたら嬉しいです。
今日から、小説『14歳の積み木』を書かせていただきます。
ミステリーといっても、殺人は起こさない予定でいます。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
愛川るな
小説(ミステリー) ブログランキングへ ポチッとしてくださいね。
Android携帯からの投稿
