第18話
隣りのベッドで実亜の可愛い寝息が聞こえていた。
携帯電話で時間を確かめると、午前2時だった。
眠ったような気もするし、眠っていないような気もする。
真向かいの部屋で萌子さんが眠っている。
僕は一度も萌子さんと夜を明かしたことはなかった。
それが、こんなに近くで、夜を過ごしている。
可笑しな感覚だった。
僕は水が飲みたくなった。
ベッドからそっと抜け出すと、ドアの音を立てないように気をつけて部屋を出た。
真向かいの部屋は静かだった。
僕は自分がここにいることはやはり不自然だと思った。
朝になったら、帰ろう。
僕は足音を立てないようにしながら階段を下りていった。
電気を点けないで、そのままキッチンに入り、水道の蛇口をひねった。
そこから流れ出てくる水は、充分に冷たくて美味しいことを知っていたので、コップに入れて一気に喉を潤した。
目が暗闇に慣れて、周りの輪郭が浮かんできていた。
僕はそのまま、階段を上がって戻ろうとして、リビングを通った。
「秀治君」
僕の心臓は跳ね上がった。
驚いて呼ばれた方へ向くと、ソファーに白い人が座っている。
萌子さんと瞬時に分かった。
そのまま、無視をして部屋に戻るのが正しいことぐらいは分かる。
でも、僕には出来なかった。
萌子さんと2人だけで話せるのだ。
甘味な誘惑に僕は負けた。
「眠れないんですか?」
僕は萌子さんに歩み寄った。
萌子さんは自分の座っているソファーを少し右にずれて座り直した
。
萌子さんの左側に座ってという合図なのだろう。
確かに向かいに座るより、隣りに座ったほうが、声を潜めることが出来る。
躊躇いながらも、僕は萌子さんに触れない程度の間隔をあけて座った。
「ここで待っていたら、秀治君に会えるような気がして…」
萌子さんはいたずらっぽい目をして
微笑んだ。
僕は曖昧に微笑み返した。
言われて悪い気はしない。
「秀治君、私のこと怒っている?」
萌子さんの質問に僕の気持ちが揺らぐ。
確かに怒っているのかも知れない。
「萌子さんは僕をつまみ食いしたのですか?」
暗闇の中で萌子さんの形の良い大きな目が見開いて、僕を凝視しているのが分かった。
「あの時、私…本当に秀治君のこと好きだったよ」
こんなふうに言う萌子さんに僕は惑わされてしまったのかも知れない。
「髪を切ったのはね。病気と分かって悲しくて、それで切ったの。とにかく、膠原病という病気が怖くて、一人になるのが怖くて、それで、偶然に会った秀治君をお茶に誘って…」
20年前のあの場面が甦る。
「私には、夫がいたわ。でも、夫は当たり前のことだけど、仕事に出かけていなかった。でも、一人でいるのが怖くて、誰かにいてほしかったの」
必死に言う萌子さんの目に、僕は引き込まれていた。
「だからって、誰でもいいわけではなかったのよ。でも、秀治君と付き合うわけにいかなかった」
僕は身動きが出来なかった。
危険なことは分かっていた。
「男と女が愛し合うのに理由はないのよ」
僕はやはり身動き出来なかった。
「でも、別れる理由はあるの」
身動き出来ないはずの僕の体が、次の瞬間、萌子さんを抱きしめていた
。
萌子さんも僕を抱きしめてくれた。
実亜が、萌子さんのご主人が2階で眠っている。
しかし、この魔の刻を僕は手放したくなかった。
僕は萌子さんの唇に口づけをした。
僕たちは何度も何度も抱きしめ合っては唇を重ね合った。
萌子さんは僕にとって妖女なのかも知れない。
僕は妖女の誘惑に夢中になってしまった。
続く
最後まで読んで下さりありがとうございます。
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。
愛川るな
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