第37話
T駅はそれほど大きくないが、1日あたりの乗降客数は、札幌駅に次いで北海道第2位だ。
私達はきれいに整備された駅前まで来ると、階段を上って、乗降で行き交う人達の中に紛れ込んだ。
改札口の前は広く空間がとられている。
その空間に背もたれのない洒落たベンチが数列並んで置かれている。
私達はその一番端のベンチに座った。
私が大きな窓に向かって座り、向かい側に吉永君と常盤靖子が一人分離れて座った。
窓から、列車が発車して行くのが見えた。
西に向かっているから、小樽方面に行く列車だ。
ねえと、窓を指すと、吉永君と常盤靖子が振り返って窓を見た。
「将来、札幌まで新幹線がきたら、T駅の東端から地上に出てきて札幌駅につながるんだって、知ってた?」
2人とも、興味なさそうに顔を戻すと、私の真意を探るような目をした。
常盤靖子はつり上がった目をきつく刺してくる。
吉永君は濃くて長いまつげで縁取ら
れた瞳を柔らかく射てくる。
人によって表情が違う。
人の表情を読み取るのも、女優の勉強だと思った。
「松村君がお母さんの背中を押したのなら、そのことを浅井刑事に話せばいいわ」
私は強気で切り出した。
この時点で、私がすでに浅井刑事に話したことを言わない方がいいと思った。
吉永君は明らかに狼狽しているのがわかった。
常盤靖子はつり上がった目に反発の色を見せながら、それでもいつもと違う弱々しい声を出した。
「そんなことしたら、賢介が捕まってしまうじゃないの。だから、あなたにどうしたらいいか、訊いているのよ」
吉永君はただ、うつむいている。
「でも、常盤さん。あの日の朝、松村君の家から飛び出して行った男の子は吉永君だって、浅井刑事に話しているじゃないの」
吉永君が顔を上げて、常盤靖子に向き直って低く唸った。
「あの日、階段の上にやっぱり、きみがいたのか」
常盤靖子も吉永君に向き直った。
「いたわ。そして、見たのよ」
そう、言って顔を手でおおって、泣き出した。
「常盤さん、松村君からの電話に出ないんですって?」
「何よ、それ。どういうこと?どうして、高山さんが知っているの?」
顔をおおいながら、あえいだ。
「松村君から、聞いたからよ」
今度は吉永君が驚いて声を上げた。
「賢介から連絡があったの?」
私はこくんと頷いた。
そして、松村の約束を守って、常盤靖子をT神社に連れて行かなければならないことを考えていた。
「ねえ、T神社に行こう」
「嫌よ。あんな所、行きたくない」
「なぜ?T神社で常盤さんが久保先生の頬を引っかいて、松村君が久保先生を殺したから?」
2人は唖然として私を見た。
「賢介が久保先生を殺したというのか?」
吉永君の静かな問いに、私は力強く頷いた。
「証拠はないの」
でも、私には揺るぎない自信があった。
「行こう」そう言って、私は立ち上がった。
T神社には約束の時間より、幾分、早く着いた。
松村はまだ、来ていなかった。
私は2人に、とうとう浅井刑事に話したことを言えなかった。
そして、私にはある意味、2人をいや、3人を騙していることがあった。
私は松村に会えるということに、気持ちが高ぶっていた。
ずうっと、それを自分自身に隠していた。
認めたくなかった。
松村は私のことなど、何とも思っていない。
ただ、いいように私を利用しているだけなのだ。
でも、初恋は切ない。
初恋は痛い。
松村に一年ぶりに会えることに、私は情けないことに胸がときめいていた。
こんな時、空にどんな雲があるのが
似合うのだろう。
まだ、夏の夕暮れ時は空が青かった
。
普通の夏雲が浮かんでいた。
「よう。久しぶり」
声のする方を3人で振り返った。
松村だった。
松村が石段の上から、下りてくる。
「航平も来てくれたのか。常盤、何でオレの携帯に出ないんだよ」
吉永君と常盤靖子は、そして、私も
声が出なかった。
松村は夏なのに黒皮のアンクルブーツを履いていた。
細身の紫のズボンの裾をブーツの中によいかげんにはみ出させている。
長い脚だった。
上にはグレーと白のストライプの長袖のシャツをラフに着こなしていた。
大人ぽっい松村は私にとってはすでに遠い人だった。
石段から下りて、呆気にとられている吉永君と並んだ。
背の高さは松村の方が吉永君より高かった。
あの美しい切れ長の目が吉永君と常盤靖子にしか向けていない。
松村は私を見ようともしなかった。
私は一人ぽつんと離れて、次の瞬間をまるでスローモーションを見るような感覚で傍観していた。
私が今朝、知らせた浅井刑事、そして、他の刑事と思われる3・4人の男が、松村と常盤靖子を連れて行った。
松村は抵抗をし、常盤靖子は泣いていた。
そして、吉永君と私も浅井刑事に静かに背中を押されて歩き出していた。
つづく
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