第20話
私のファーストキスが吉永君だなんて思わない。
これはあくまで、常盤靖子に勝つためにしている演技なのだ。
みんなが見ているのだから、演技をしなくては。
そうよ。
私は女優になるのだから。
そう思わなければ、この屈辱感に泣いてしまいそうだった。
吉永君の唇が私の唇に触れたのか、触れなかったのか、どのぐらいの時間、触れていたのか、よく分からない。
「呆れた。バカみたい。帰るわ」
常盤靖子のその声に私は、我に返った。
何か夢でも見ていたような、錯覚をしているような、おかしな気分だった。
目を開けると、杏が側にいた。
他の女子も数人、「大丈夫?」と異口同音に私を見守っている。
「美波、大丈夫?ごめんね」
目を真っ赤にしている杏が、私の肩を抱いている。
私は、それには答えず吉永君を探した。
見当たらない。
常盤靖子もその取り巻きも、男子もいなかった。
杏は私の心あらずの様子にも頓着なしに話してくる。
「美波、びっくりしたよ。失神しちゃうんだもの」
「失神?」
そこで、私は上体を起こして、杏に向き合った。
「私、失神したの?」
驚いて思わず声を上げた。
私は家へ帰り、シャワーを浴びた。
鏡をみると、右頬が赤く腫れている
。
右頬?
ああ、常盤靖子は左利きだった。
どうでもいいことを思い出しては、
失意に陥った。
母に転んでぶつけたと弁明して、お風呂に入ったが、また、しつこく聞いてくるなと思うと憂うつだった。
そんなことよりも、私は女優として失格だ。
何という失態だろう。
私は目を閉じて唇を差し出した後、失神して、眠ってしまったらしい。
いきなり上体が前にがくんと動いたとのことだ。
とっさに手を伸ばして支えたのが、常盤靖子だったというのも、素直に感謝出来ない。
吉永君とのキスが免れた安堵感と、でも、それは女優への自信喪失感にもつながることだし、何だか複雑な気持ちだった。
自分に笑ってまうところもある。
私は自分の部屋に戻ると、ベッドに潜り込んだ。
酷く疲れていた。
とんだ松村のお母さんの弔いだった
。
と、思いながら、眠ってしまった。
次の日、私は常盤靖子にみんなにどのようにされるのか、考えると登校するのが不安だった。
でも、杏は戻って来てくれたんだし
、吉永君とは何もなかったんだし、
普通にしていればいいんだわ。
私は自分にそう言い聞かせた。
右頬はうっすらと赤く後が残っていたが、それほど、気にならなかった
。
それにしても、痛かった。
常盤靖子の馬鹿力に私はだんだん、
腹が立ってきていた。
常盤靖子って、一体、何者なんだろう。
私はとにかく、学校へ行った。
教室に入る時にはさすがに緊張をした。
入って直ぐに黒板を見たが、何も書かれいなかった。
緊張が解かれた。
私は普通に自分の席に着いた。
だが、何が違う。
私は杏を探した。
常盤靖子の取り巻き達と談笑している。
杏…戻って来てくれたんじゃないの
?
私は直ぐにこの空気を理解した。
今度は私を無視しているのだ。
いや、正しく言うと、私と吉永君を
無視しているのだ。
完全無視だ。
常盤靖子のこの強い権力を改めて、
思い知らされた。
朝の会で久保先生が何かを報告したその後で、学級代表の吉永君と高山さん、お願いしますね、と言われて
、吉永君の真似をして、
「はい」と、返事をしたが、何のことなのか、分からなかった。
それを教えてくれるために杏は、おそらく、もう来てくれない。
ひよこ先生、また、大人ぽっくなっているな、なんて、くだらない印象をぼんやりと持ったりしていた。
人間が孤独を感じるのは嫌われることではなく、無視されることだと、
何かの本に書いてあった。
この無視を私と吉永君は徹底的に受けることになる。
そんな渦中にあの衝撃的な事件が起きる。
つづく
最後まで読んでいただき、感謝いたします。