第19話
今夜8時にT神社にいくためには、
母の制止を強行突破しなくてはならない。
どうすればいいのか。
しかし、わたしは常盤靖子の手回しの良さに、ある意味、吉永君の言っていた恐ろしさが理解出来た。
「『松村君のお母さんのとむらいをするので、今夜8時にT神社に集合』というような、提案をクラス委員の美波と吉永君でメールを流すように」
そんなメールが、吉永君と電話で話している間に、杏から入っていた。
杏はすっかり、常盤靖子の子分になってしまった。
その常盤靖子の力もたいしたものだ
。
私は皮肉を込めて、ため息をついた
。
母が仕事から帰って来たタイミングをみて、私は母のいるキッチンに行って、話しを伝えた。
「とむらいって、何をするの?」
母はにこりともしないで、詰問した。
私はとっさに母が夢中になって見ていた韓国ドラマの『冬のソナタ』を思い出して言った。
「ほら、チュンサンが交通事故で死んだ時、ユジンたちが湖で紙を燃やしていたじゃない」
母の目がウルウルしてきた。
「でも、それは危ないから、線香花火を静かにするの」
私は「静かに」というところを強調して言った。
しかし、母はすかさず言ってくる。
「でもねえ」
私は即座に母の言いたいことを先回りして言わなくてはならない。
「大丈夫。悪いことはしないし、危ないことはしないから。旭川に単身赴任しているお父さんの顔に泥を塗るような真似は絶対にしないから。お父さんは刑事なんだから」
私は母が一言も口を挟めないように
一気に早口で言った。
小さいころから、言われ続けてきたことだ。
母はしてやられたような顔をしていたが、許可をしてくれた。
それでも、8時は遅いと、言っていた。
わたしは、夏至も過ぎたばかりだから、7時だとまだ明るくて線香花火の美しさが判らないと、必死に8時でなくてはならない理由を説明した。
私だって、なぜ8時なのか分からない。
決めたのは常盤靖子なのだから。
私は早々に夕飯を切り上げて二階に上がった。
自分の部屋のミラーチェストの前に
座って、息を調えた。
私はおさげの髪をほどいて、ブラシでとかした。
そして、髪を一本にして、左横に結んだ。
着て行く洋服はもう決めている。
グリーンのかぼちゃパンツに同じトーンのグリーンと白のボーダー柄のタンクトップを組合せた。
Gパンにしようか、迷ったけれど、私は可愛いくなるように自分を装った。
常盤靖子にそう見られるようにと意識したのだ。
わたしは赤いたスニーカーを差し色で履いていくことにしていた。
そして、左横に流して一本にまとめて縛った髪にも赤いシュシュの輪を通した。
鏡の中の私は可愛いくて、ちょっとセクシーでもあった。
私は別にうぬぼれて言っているわけではない。
そのように、演出しているだけなのだ。
私はピンクの口紅を少しだけ肉厚気味の唇のラインに引いた。
私が玄関から姿を消す最後まで母は色々と忠告していた。
「早く帰ってくるように」
この言葉が一番多かった。
私は母に嘘をついている後ろめたさもあったが、母のこのしつこい忠告にうんざりしていた。
今、あなたの娘は戦争に行くの。
杏を奪いに。それもある。吉永君の
嫌疑をはらすために。それもある。
でも、私は吉永君との仲の誤解を解きたかったのだ。
何のために?
自分の松村に対する気持ちを自身にはっきりさせるために。
母はそんな娘の気持ちが分からない
。
自転車をこいで行くと、10分でT神社に着くが、私は早めに行って、みんなを待っている態勢にしたかった。
家を7時半に出た。
北海道はこのぐらいの時刻になると夏でも涼しくなるのに、今日の札幌は風が生温くて、気持ち悪かった。
T神社の石段の石段は通称のようなもので、近くにある丘に続かせるための石段だった。
石段の幅が普通の家の階段の二倍ぐらいある少し淋しい所にあった。
着いてみると、驚いたことにクラスの女子はもちろん、男子もほとんど集まっていた。
そして、偶然、私と吉永君が一緒に着いた。
一斉にひやかしの言葉や口笛が聞こえてきた。
常盤靖子が女王様のように君臨していた。
私は適当な場所に自転車を止めると、常盤靖子に笑顔で近づいて行った。
常盤靖子もそれなりにおしゃれはしていた。
でも、私の演出の方が負けていない。
吉永君も私と同じように自転車を止めると、私より少し後に続いてきた。
多分、吉永君も笑顔なのだろう。
そうすることで、友好が保たれるはずなのだから。
少し、離れたところで、杏が泣きそうな顔をしているのが見えた。
常盤靖子の50センチ前でぴたりと止まった瞬間だった。
私は何が起きたのか、解らずに倒れた。
後ろから吉永君が私を抱き起こそうとしているようだった。
そして、信じられないことに吉永君が怒鳴った。
「常盤!!おまえ、何をするんだ」
すると、私と吉永君がそれぞれ数人の男子に、捕まえられて歩かされ、石段に座らされた。
吉永君は抵抗して暴れていたが、私は頭がずしーんと痛くて、わりと素直に連れて行かれた。
私は常盤靖子にびんたを食らったのだ。
後から、ほっぺたの痛みか半端でなく襲ってきた。
はやし立てている奴らの声がうるさかった。
杏がもう泣き出している。
それでも、声を出すのは我慢しているようだった。
私と吉永君はぴたり、くっつかされていて、身動きが出来なかった。
常盤靖子が私達の前にきて上からの目線で口を開いた。
「あんた達、昨日もそうやって座っていたんでしょ」
すると、吉永君がまた怒鳴った。
「お前に関係ねえだろ!」
吉永君のどこにこんな乱暴なエネルギーがあったのだろうと、私はそっちの方に興味を持った。
そういうクールとも取れる私の態度が気に入らなかったのか、常盤靖子はイライラしてきているのが分かった。
「キスしたんじゃないの」「真犯人としたの?!」「嫌ねえ。高山さんって」
女子の声だ。
とにかく、周りの奴らが冷やかしの声やら、指笛やら、うるさく騒ぎ立てていた。
「吉永、お前、松村の母親を殺したのか?」「走り去った男の子っておまえだろ」「高山と
両想いかよ」
男子の声だ。
「違う!」
びっくりするほどの大きな私の叫び声だった。
私は吉永君の嫌疑を晴らすために叫んだのか、両想いという言葉に敏感に反応したのか、分からなかった。
多分、両方なのだろう。
一瞬、静かになったが、直ぐにまたみんなが騒ぎ立て始めた。
常盤靖子がしゃがんで、私達と同じ目線になった。
「何をムキになってんの?」
穏やかに話しているようで、すごみがあった。
「ムキになっていないよ。叫ばなきゃ、うるさくて聞こえないでしょ」
私は常盤靖子のつり上がった目を見て答えた。
負けたくなかった。
ふんと、常盤靖子は鼻をならしてから、「何が違うのか」と、聞いた。
と、その時、吉永君が私を制した。
「高山さん、黙っていて」
また、冷やかしの声が聞こえてくる
。
吉永君にしてみれば、吉永君の嫌疑の弁護だと思ったのだろう。
常盤靖子もそう思ったのことだろう。
「証拠、見せて」
何を言い出すのやら、私は常盤靖子の真意が分からなかった。
「証拠?」
「高山美波さん。あんた、航平から全部聞いて、真相を知っているんでしょ?」
「だから?何の証拠?」
「キスしなさいよ」
また、みんなが騒ぎ立てる。
「やめろ!常盤、いい加減にしろ」
吉永君が怒鳴った。
「へえ~。普段は穏やかで『笑顔の王子さま』が高山美波のためなら、怒鳴るんだあ」
常盤靖子がからかうように言った。
男子は喜び、女子は悲鳴を上げている。
「常盤さん」
私は怒りで爆発しそうな感情を必死に抑えながら、常盤靖子の名前を呼んだ。
「あなたが、なぜこんな解せない事をしているのか、知らないけれど」
と、前置きをしてから言った。
「吉永君とキスをしたら、もう止めてくれるのね」
常盤靖子は軽く驚いたように、つり上がった目を見開いた。
周りも静かになった。
「吉永君、キスして」
私は目を閉じ、ピンクの唇を突き出した。
私は女優になるのだから。
私は演じていた。
つづく
最後まで読んでいただき、感謝いたします。