第2話
「自分の娘を天皇のお妃にして、その子供が幼い時は摂政、成人したら関白となって政治の権力を握ること
」
私は一気に言うと、普通に座った。
周りから、静かなどよめきが起きていた。
森口先生がたじろいでいるのが分か
った。
よそ見していた私が答えられたことに腹も立っているだろうな。
私の隣りの列の一つ前の席の吉永君が振り向いて、笑顔でVサインを送っている。
吉永君は好感度ナンバーワンの男子
だ。
彼は誰にでも優しい。
どんな女子に対しても笑顔を向ける
。
彼がいなければ、このクラスはおそらく、崩壊しているだろう。
私は別に吉永君に何も合図を送らなかった。
別に誇らしく思ってもいない。
私にとって、吉永君は疲れる存在だったからだ。
気を取り直したのか、森口先生は違う質問をまた、私にぶつけてきた。
「では、高山さん。藤原道長の歌
に『この世をば我が世とぞ思う望月のかけたることもなしとおもえば』の解釈が言えますか」
言えますか、は、まるで言えないでしょう、と、いうような、挑戦的に聞こえた。
今度は席を立たずに、答えた。
「栄華を極めてこの世はわたしの世である。まさに満月にかけた所がないように」
もう、他の生徒達は関心を示してなかった。
個々に好きなことをやり始めていた
。
伸びをして欠伸をしている奴、話して出している奴。
私と森口先生の2人だけの授業になってしまっているからだ。
ただ、吉永君だけは振り向いて、微笑みかけていた。
男の子にはもったいないぐらいの濃くて長いまつ毛が瞳を縁取っている
。
今度も私は、吉永君にリアクションを起こさないで、森口先生を見た。
これも私にとって、演技の練習だった。
おかげで、前に顔を戻した時は、森口先生の表情を読み取る一瞬を見逃してしまっていた。
残念だった。
そこへ、タイミング良く、授業終了のチャイムが鳴った。
森口先生の救われたような顔があった。
4時間目が終わった。
もう、ほとんどの生徒達が、学習道具をしまいだしていた。
形だけの日直の号令で頭を下げたら
、もう、みんなはちりじりに散る。
今日も来なかった。
私は一番廊下側の私の席と同じ、一番後ろの席を見た。
松村の席だ。
「美波」
呼ばれて、顔を前に向けると杏だった。
お弁当箱を持って、私の前の席の生徒がすでにどこかへ移って、空いている席にこっち向きに座っている。
「あんまり、やりすぎると、内申点
をもらえないよ」
「平気だよ。退屈な授業するからだよ。道長は紫式部のパトロンで、源氏物語のモデルだとか、言えば、みんなも興味持つと思うけれど」
私がしたり顔で言うと、杏は肩をすくめた。
その時だった。
教室の戸がガラリと乱暴な音を立てて開けられた。
担任の久保先生が青い顔で入って来た。
「みなさん、今日は午前授業です。
帰る支度をして各自、直ぐに帰って下さい
」
やったー!
と、あちこちで、歓声を上げているのは男子だ。
女子は日頃、蚊の鳴くような声で話すひよこちゃん先生のただならぬ様子に
「何があったの」
異口同音、ささやきあった。
とにかく、どこにも道草をしないで真っ直ぐに家へ帰るようにと、久保先生にしつこく言われて、校門を出た。
みんな、言うことを聞いて帰るはずなどない。
私も杏と遊ぼうかとも、思ったけれど、家へ帰ることにした。
杏のママはPTAの学年代表をしている。
言うことを聞いていないと、杏のママに叱られる。
それに、大人しく言うことを聞いて
、家へ帰っていたほうが、情報を早く杏からもらえそうだった。
家に着いて鍵を開けると中に入った。
ぴーんと冷たく張り詰めた誰もいない玄関で靴を脱いでまもなくだった。
メールを知らせるバイブ音が鳴った
。
杏からだった。
そこには、
『松村君のお母さんが死んだらしい。松村君が殺したかも』
私は、玄関の上がりかまちに座り込んだ。
つづく
最後まで、読んでいただき、感謝いたします。