膠原病人生。それでいいのです。 | jun2980さんのブログ

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 何にでも興味をもっています。今、ミステリー小説の連載中です。また、韓国ドラマ、良い加減料理や難病の膠原病をテーマに写真なども載せながらつぶやいています。皆さんのペタやコメントが励みになります。どうぞよろしくお願い致します。


小学生の時、私はずうっと、リレーの選手でした。

今は歩くのもやっとなのに…

小学校の6年生の時、私はアンカーに選ばれました。

私の時代の運動会は一年生から六年生まで、バトンを繋いでいました。

紅組と白組から各学年、二人づつ選ばれていました。
リレーは競技の一番最後に行われ、まさしく、運動会の花でした。

運動会が近付いてくると、毎日、練習しました。

その時のパターンは決まっていました。

私のメンバーの五年生までの走者は決して、速くありませんでした。

バトンを受ける取る時は、いつもビリで四位でした。

そこを、私はごぼう抜きで一位になり、ゴールインしていました。

周りからは称賛を受ていました。

私も当日は観衆の前で注目されて、拍手をいっぱいもらえると、自負していました。

それは揺るがない自信だったのです。

ところが…

運動会当日…

最初から一年生が転んでしまいした。

途中の学年が巻き返すどころか、どんどん遅れに遅れて、私のところにバトンが届いた時は、同走者はもうすでにゴールした後でした。

私は誰もいないレースに、たった一人ぽっちでグランドを一周したのでした。

一生懸命、走りました。

観衆の目と拍手を独占しました。

リレー競技の結果が出ている中で、アンカーがたった一人でグラウンドを一周している…

意味あるのかな。

でも、私は一生懸命に走って走って走りました。

ゴールした時の割れんばかりの拍手の音は、今でも耳にはっきり、残っています。

正直、残念でした。

どうせ、拍手をもらうのなら、ごぼう抜きして一等でゴールする私に欲しかった…

その時は悲しくて、拍手さえも恨めしかったことを覚えています。

でも、今思えば、あのハプニングは人生の縮図だったように思います。

あのようなことは多々あることです。

拍手をもらえただけでも幸運だったと思っています。

満身、膠原病の私に温かい拍手をいただいたことがたくさんあります。

結果はどうであっても、一生懸命であれば、拍手がもらえるのです。

私も一生懸命な人に拍手を送ってきました。

これからも送り続けます。

膠原病人生。

それでいいのです。