それは、今年の三月の始めでした。
まだ、雪がありました。
病院の一階ロビーにある自販機の前で出来事は起きました。
私は飲み物が紙コップで出てくる自販機でコーヒーを買おうとしました。
その自販機は紙コップに飲み物を注いでいる間、液晶の画面の中で画の猿があみだを渡っていきます。
最後に猿が下りたところに「当たり」と「残念」があります。
猿が「当たり」に下りると飲み物の代金が戻ってくのです。
私の前に先客の女性がいました。
その女性が見事、当たりを引き当てたのです。
つまり、猿が「当たり」に到着したのです。
後ろにいた私は思わず「おめでとう!」と、声をかけました。
すると、彼女は「幸運のおすそ分け」と、言って、コイン入れ口に10円玉を二枚入れようとしました。
私は想定外の彼女の行動にびっくりして「いいです。いいです」と、遮りました。
少し、押し問答をして、私は彼女から幸運をおすそ分けしてもらうことにしました。
彼女は私のパジャマ姿を見て「入院しているの?」と、問いました。
「はい。皮膚科に」と、答えました。
私は彼女のコート姿を見て「外来ですか」と、質しました。
「そうなの。脳外科に。頭悪そうに見えるしょ?」と、またしても想定外の返事です。
とっさに幸運のおすそ分けをすることを考えてくれる人が頭悪い訳がありません。
もちろん、私は否定しました。
「また、会ったら声をかけていい?」と、彼女からの嬉しい申し入れに、私は迷うことなく、快諾しました。
そうして、お互いに名前を明かすことなく別れました。
それから、三ヶ月半経ったおととい、患者さんが一人、私の六人部屋の病室に入院してきました。
その患者さんが私に言いました。
「あなたに前に会っているよ」
「えっ?」
「一階の外来ロビーの自販機の所で」
ああ、この人懐っこい笑顔と元気な声は、あの時、私に幸運のおすそ分けをして下さった人!!
「あの時『おめでとう』と言ってくれて、すごく嬉しかったの」
「いえ、こちらこそ、幸運をおすそ分けしていただいて」
「あれから、外来に来る度にあなたを捜していたんだよ」
彼女は今回の皮膚科の入院は簡単な背中の手術なので一泊して、昨日、帰って行きました。
「来週の月曜日、抜糸してもらうために病院に来るの。寄ってい?」
「絶対、寄ってね」
約束を交わしました。
今度はお互いの名前が判りました。
彼女はM美ちゃんです。
M美ちゃんは三年前に脳腫瘍の摘出手術を受けていました。
いつ再発するか分からないそうです。
そんな恐れと闘いながらも、幸運をおすそ分けしてくれたM美ちゃん。
私の心を洗ってくれて、ありがとう。