この前また大宮病院の耳鼻科へ定期受診に行って来ました。

 2ヶ月毎の通院も今ではすっかり慣れきっています。

 主治医は、富山俊一先生。

 9年前に、富山先生を紹介して貰って、私の原因不明だった難聴は「内耳自己免疫病」と初めて診断されました。

 これは進行性の感音性難聴なので、このままだと失聴したり眩暈で歩けなくなると言われました。

 それで、進行を抑える薬の免疫抑制剤エンドキサンが処方されたのでした。

 今は、2ヶ月服薬して、2ヶ月休むというサイクルになっています。

 この薬を9年間飲み続けているおかげで、私は失聴を免れているのだと信じています。

 

 

 ところで「内耳自己免疫病」とは何なのか? 

 わかりやすい記事をネットで見つけたので、スクショして載せておきます。

 

 

 

 

 というわけで、今回もまたエンドキサンを処方されて、さっさと帰るつもりだったのに…、診察室で、富山先生は言ったのです。

「私は87才なので、来年3月で退職することになりました」

 ええーっ!!

 大ショック!!

 私は焦りました。

 

 そ、それは困る、薬を止めたら、失聴してしまう!!

 

 私はこれからもずっと何年もこの薬を服用し続けると思っていたのに、来年3月までで終了になるとは思わなかった。

 私だけじゃないでしょう? 先生が抱えている大勢の患者さんたちも全員、この治療の中断を余儀なくされてしまうんでしょ? 皆も困るよね?

 

 しかし、この治療を継続できる術はありません。なぜなら、この治療ができるのは日本では富山先生ただ一人。

 日本では未だに保険診療が認められていない病気なので、普通の耳鼻科クリニックでは処方できないからです。

 富山先生は若い頃から日本でも認められるように奮闘されてきて、いつか認められる日が来ると信じて頑張ってきたのに、とうとう年齢的に断念せざるを得なくなったようです。

 

 私の周りにも、私と同じ内耳自己免疫病なのではないか? という気がする人が何人もいます。

 原因不明の突発性難聴になって治療法が無くて諦めている人たちのうちの何人かは、私と症状が良く似ていて、徐々に聴力が低下していって数年後に失聴して人工内耳にしています。

 だから私も、もし薬を飲んでいなかったら、とっくに失聴していたかもしれないと思われるのです。

 

 富山先生も、

「今までこの治療をしていたから、悪くなる期間を遅らせられた」

と言います。

 それはそうかもしれない。でも、つまりは治療を止めたら悪くなるってことでしょう?

 来年か再来年、私は失聴してしまうかもしれないのか?

 

 この病気は、ストレスで進行すると言われています。

「健康的な生活をしてください」

 とは、先生から何度も言われてきたことです。

 しかし、私にはこの先、大きなストレスが待ち受けているのよ!

 私は超高齢の父母を抱えているので、遅かれ早かれ看取って葬儀やら手続きやらをやらなければならなくなる、それも2回も。

 それって、すごいストレスだと思う。

 全て片付いて自由になったと思ったら、ガーッと聴力が落ちて全く何も聞こえなくなると、そんなことになるような気がして恐い。

 

 私は父母と同居してお世話するようになってから、今年で9年目になるのですが、私がお世話しているからこそ父母は元気に長生きできているのだと思う。ほんとにそうよ、誰も言ってくれないから自分で言うけど。

 でも、何れ来る別れの時、父母からの置き土産が失聴だったらあんまりよ…。

 

 10年前に突発性難聴になった時、母は私にこう言いました。

「そんなに聞こえないんじゃあ、お先真っ暗だね。絶望だね。人生おしまいだね」

(こんな酷いことを、母は悪気なく平気で言う人、昔からそう)

 もし完全に失聴したら、この母の言葉通り、私は本当に絶望すると思う…。

 

 折しも、パソコンのインターネットが繋がらなくなって気が滅入っている所だったので、ダブルショックでした。

 ネットが繋がらない原因がわからなくて悪戦苦闘した結果、無線LANが壊れているとわかったのですが、そのせいかiPhoneのネットも繋がり難くなっていて、思うように皆さんのブログも読めない状態になっています。困った…。

 

 ともかく、気持ちを切り替えなければなりません。

 来年3月までは服薬を続けて、その後は、9年前に富山先生を紹介してくださった地元の耳鼻科クリニックに紹介状を書いて貰うことにします。

 そのクリニックでは免疫抑制剤は処方できないけれど、耳のかかりつけ医があった方が安心だと思って。

 免疫抑制剤を止めたら、また突発性難聴が起こる可能性があると思う。その時には、このクリニックに駆け込んで、プレドニンを処方して貰おうと考えています。

 

 本当にこの免疫抑制剤の効果があるのか否かよりも、

「私には主治医がいて、治療が受けられている」

 と思うだけで、心の支えになっていました。

 この9年間、富山先生の優しいお顔を拝見するだけで安心して、難聴でも前向きに生きていく勇気が得られていました。

 

 大宮病院は家から遠いので、来年3月以降はもう、わざわざ来ることはなくなるでしょう。

 だから、3月までにもう一度、鉄道博物館に遊びに行ったり、大宮ナポリタンを食べたりしようと考えています。

 

 でも今回のランチは軽くササッと、いつもの入り慣れた店「エ・プロント」で済ませて来ました。

 

 

 海老アボガドドッグ、サラダ、アイスコーヒー。