大晦日、元旦、2日の3日間はお正月休みでしたが、1月3日の今日は6時起きで仕事に行きました。
今年のお正月は、……大変だったー。
楽しかった、じゃなくて、やっぱり大変だったという気持ちの方が大きい。
元旦には17人、2日には14人、親戚が家に集まったのです。
そのうち2家族は泊まるので、布団やタオル類もたくさん出しました。
だから、まだ終わってません。大量の寝具の後片付けが待っています。
いっぺんに干しきれないから、全部終わるのに1週間はかかりそう。
元旦に実家に皆が集まるのは、毎年恒例のことだけれど、年々人数が増えていって、特に今年は多い、多すぎるっ!
そのおもてなしをするのは別に構わないのだけど、とにかく狭くて大変だったのよ。
それも皆バラバラに来るから、誰か来るたびに私は座る席を調達して飲み物や食べ物をすすめ、気を配り、それがずーっと続いたわけ。
頑張ったのよ!
すごく!
でも、なんでこんなに頑張る必要があったんだ? って疑問も残るわけで。
お金もすごくかかったけれど、お金は全部父が出しました。
父はふんだんにお金をかけることを厭わず、大判振る舞いをする人。集まってきた孫たちに御馳走をして、お年玉やプレゼントをあげるのが、極上の喜びなのでしょう。
だって、お金はあの世に持っていけない。生きているうちに使いたいだけ使った方がいい。
私はその手助けをすることが親孝行だと思うから、頑張って新年会を取り仕切ったのです。
これも父母が元気で生きているからできることで、来年はないかもしれないし、と思って頑張ったのです。
苦労したのは何かって、やっぱり私が難聴だということ。
わいわいがやがや、皆が何を喋っているのか、全然わからない。
そんな中で、私はホスト役だから気を配っていたわけだけど、例えば、「飲み物は何が良い?」と私が質問しても、相手の返事が聞こえない。
誰も、私が難聴だということを理解しないし、それ以前にまず認識していません。
だから私はすごく寂しい思いをしていたのです。
聞こえないことで、自分に苛立ってもいました。
去年の新年会では、皆は「人狼ゲーム」をやっていて、私は聞こえないから仲間外れにされて寂しい思いをしました。
それで、今年の新年会では、難聴の私でもできるゲームを、私が仕切って実行することにしました。
それは何かと言うと、私の手作りビンゴです。
景品として、お菓子をかわいい紙袋に詰めたものを、人数分用意しておきました。
まず、みんなにビンゴの紙と鉛筆を配って、マスに好きな都道府県名を記入していって貰います。
そして、都道府県名が書かれた紙が入っている箱の中から、誰かに一枚引いて貰います。
その役目は、主に小学生や幼児にお願いしました。
紙を引く役目を、私のかわいい3歳の孫にもやらせたら、孫はそれがおもしろいらしく、テンション上がって跳ねながら笑って、どんどん引いてくれます。
私は孫が笑っているのを見て楽しかったし、皆も結構おもしろがってやってくれたので、大成功だったと思います。
食器洗いは甥のお嫁さんがやってくれたので、助かりました。
その後はコーヒーとケーキで一息つきます。
夕方から始まって、お開きになったのはもう23時過ぎでした。
人数が多くて大変だから、店を予約したらどうか? という案もあったのですが、やっぱり家でやって良かったと思います。
ちなみにこれは、元旦の朝に両親に作ったお雑煮です。
お餅は危険なので、代わりに麩を入れてみました。
去年は母が「お正月なのに餅も食べさせないのか」と文句を言ったので、白玉団子で代用したのですが、白玉も結構モチモチしてて危険を感じる。それで今年は麩にしたわけです。
適当に作ったシロモノだけど、両親にはまあまあ好評でした。

