昨夜遅く放送されたこの番組を、録画しておいて今観たところです。

この番組のことは、或る人のブログを見て知って、録画予約しておいたのです。

とても感動したので、ちょっと感想をまとめてみようと思います。

 

予告文写し↓

「耳が聞こえない子どもたちが手話で学ぶ明晴学園。小さな手がたくさんの言葉を紡ぎ出す。子どもたちの静かで、にぎやかな世界と卒業生の日々をノーナレーションでみつめる」

 

番組に登場する子どもたちの手話が、ものすごく速い! 

すごい!

私にはとても読み取れないから、字幕があって助かりました。

この学園は、他のろう学校とは違うようです。

「全国のろう学校では長年、聞こえる人が大半の社会に適応することが重視されてきた。しかし明晴学園は”ろう”のまま生きることを大切にする。」

と、解説に書いてあります。

「健者の世界」とは違う、「ろうの世界」があるということ。

生徒は全員ろうで、お喋りも授業も、全部手話!

だから、聞こえないことは当たり前で、手話は自然な言葉として身に着いているのです。

教師は子どもたちのことを「聞こえない子ども」ではなく、「目で話す子ども」と呼びます。

聞こえないことを、かわいそうとは思わないし、ろうである自分にみんな自信を持っていて。

そういう「ろうの世界」を、番組は映し出していました。

 

そこまでなら、ふーん、で終わった番組です。

ところが、番組はそれで終わりませんでした。

明晴学園にいる間は、みんな自分と同じだから問題ありません。自然体でいられます。

でもそれは中学3年生までです。

明晴学園を卒業したら、どうなるのか?

聞こえるのが当たり前の社会で、どう生きるのか?

 

番組は、ろうのまま健者の世界に入っていった卒業生を追っています。

一人は、普通の高校に進学した女の子。音声認識ソフトのパソコンや、サポートする人が授業に付いていました。それで、健者の世界でも学ぶことができていました。

でも、大学に進学した男の子の場合は、最初は講義は聞こえないために殆ど情報が得られず、困り果てていました。

しかし、大学に働きかけて、ろうでも学べるシステムの導入に至るのです。

それまで何もなかった大学に、布石を敷いたのです。

 

健者の世界に、ろう者が入ることで、変化が起こる。

 

「変化」と聞いて、「これだ!」 と思いました。

ろう者は、ろう者だけで集まっていれば困ることはありません。健者側も、学校でも企業でも、ろう者を排除すれば、何も面倒なことはありません。

だけど、聞こえるのが当たり前の世界に、聞こえないのが当たり前の人が入ることで、何かが変わる。

普通だったことが、普通じゃなくなる。

それは、お互いに、「世界が広がる」ということなのではないでしょうか?

 

卑近な例、私の職場の場合。

難聴の職員は初めてだということで、最初は皆、難聴の私をどう扱ったらよいのか分らず、戸惑っていました。

でも、どうやったら難聴でも働けるか? いろいろ工夫を考えてくれた人がいます。

聞こえないってどういう感じなんだろう? と、想像するきっかけになった人もいます。

そんな風に、私はこの職場に変化をもたらしたのだと、そう考えれば、難聴でも悪くないのかもしれません。

 

 

※再放送は、Eテレ 5月31日(木)午前0時~午前1時

(ところで、ブログでこの番組の紹介をしてくれた方は、見ることができたのでしょうか?)