日本史メモ 第48回 110 後光明天皇、111 後西天皇 | 嗅覚障害者の団体を作りたい。 I want to create an organization for people with smell disorders.

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リトル・ミックスのペリー・エドワーズも同じ嗅覚障害らしいですね。"Perrie Edwards from Little Mix also seems to have the same smell disorder as me, doesn't she?"

 

第110代天皇 後光明(ごこうみょう)天皇 在位期間1643年~1654年 なお、「⑫」は「今上天皇の直系のご先祖様で、直系12代遡る」という意味です。

紹仁(つぐひと)親王。後水尾天皇⑫の第4皇子。明正天皇の異母弟、後西天皇&霊元天皇⑪の異母兄。

1633年生まれ。10歳(数え11歳)で即位。

剣術とお酒を好み、仏教や『源氏物語』は嫌いだったと言われている。

天然痘のため在位のまま21歳(数え22歳)で崩御。

1651年由井正雪の乱があり、幕府は末期養子の禁を解くなど浪人対策に努め武断政治から文治政治へ転換した。同年家光の長男・徳川家綱が江戸幕府第4代将軍に就任。

1643年ブルボン王朝第3代フランス王ルイ14世が4歳で即位(~1715年)。在位期間72年は記録が信頼できる中世以降の国家元首としてギネス世界記録。

1644年李自成の乱で明が滅ぶと、明の将軍・呉三桂の要請で清軍が山海関(さんかいかん シャン・ハイ・グゥアン)から万里の長城(ばんりのちょうじょう ワン・リー・チャン・チョン)を越え李自成を破り、清の第3代皇帝・順治帝(じゅんちてい)は瀋陽(しんよう シェン・ヤン。このあと奉天[ほうてん フォン・ティエン]と名が変わり、現在また戻っている。遼寧省[りょうねいしょう リャオ・ニン・シャン])から北京(ぺきん ベイ・ジン)に遷都して中国支配を開始(~1912年[明治45年])。

(中国・北京にある世界遺産[せかいいさん シー・ジィエ・イー・チャン]・故宮博物院[こきゅうはくぶついん グー・ゴン・ボー・ウー・ユゥエン]。かつての紫禁城[しきんじょう ズ・ジン・チョン]の太和殿[たいわでん タイ・フー・ディエン]。紫禁城は明の永楽帝[えいらくてい ヨン・ラェ・ディ]の時代から歴代皇帝の居城。1644年李自成の乱のときなど焼失・再建が数回あり、太和殿は1697年の再建。)

 

 

第111代天皇 後西(ごさい)天皇 在位期間1655年1月(旧暦11月)~1663年

良仁(ながひと)親王。後水尾天皇⑫の第8皇子。明正天皇&後光明天皇の異母弟。霊元天皇⑪の異母兄。なお、「後西」は第53代天皇・淳和天皇の別称「西院帝」にちなむ。

1638年1月(旧暦11月)生まれ。後光明天皇の次の天皇は異母弟・識仁(さとひと)親王(霊元天皇)と決まっていたが、決まった直後に後光明天皇が崩御し識仁親王がまだ生後3か月だったため、中継ぎとして17歳(数え18歳)で即位した。

学問や文芸の才があったと言われている。

25歳(旧暦での数え27歳)で識仁親王(霊元天皇)に譲位。はじめから予定されていた譲位だったが、譲位理由について諸説ある。47歳(旧暦での数え49歳)で崩御。

1657年明暦の大火。江戸城天守閣が焼失したが、将軍家綱の補佐役を務めていた保科正之(ほしなまさゆき。1611年生~1673年2月[旧暦12月]61歳[旧暦での数え62歳]で没)の「天守は織田信長が岐阜城に築いたのが始まりで、城の守りには必要ない」「江戸の都市整備が優先」という方針のため、再建されなかった。

1661年清の第4代皇帝・康熙帝(こうきてい)が即位(~1722年)。

 

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(雑感)

 

今日のお題は「お城の天守閣」です。

上の写真は皇居の本丸天守台。江戸城の天守閣を建てるために築かれた石垣です。

明暦の大火でそれまでの天守閣は焼失し、とりあえず、この天守台だけ築かれて、結局それっきりなんだそうです。

現在は頻繁に開放されていて大勢の人でにぎわってます。私も行ったことがあり、上の2枚の写真も私が撮った写真です。

日本で現存する天守閣は12。

01 青森県弘前市にある、弘前城。桜の名所として有名ですね。

2015年(平成27年)、石垣の修理のため、天守閣をリフトアップし約100m移動させる「曳屋(ひきや)」が行われました。元に戻るのは2021年(令和3年)だそうです。

(弘前城の天守閣の曳屋のニュース。共同通信社の公式動画)

02 長野県松本市にある、松本城。国宝です。

別名:烏城(からすじょう)。

2011年(平成23年)の東日本大震災では天守の壁など25か所にひびが入ったそうです。

最近のニュースでは、ここの三層の乾小天守(いぬいこてんしゅ)が現存する日本最古の天守閣かもしれないとのこと。

03 福井県坂井市にある、丸岡城。

現存する最古の天守閣・・・と従来言われていたのですが、どうも違うらしいとのニュースが。

天守の柱などについて、年輪、放射性炭素、酸素同位体比の3つの年代調査を実施した結果、江戸時代の寛永年間(1624年~1644年)に建てられたとみられる、という結論が出たそうなのです。

松本城の乾小天守(いぬいこてんしゅ)か、犬山城天守閣が、現存する最古の天守閣とのこと。

04 愛知県犬山市にある、犬山城。国宝です。

もしかするとこちらが現存する日本最古の天守閣かもしれない、とのこと。

05 滋賀県彦根市にある、彦根城。国宝です。

06 兵庫県姫路市にある、姫路城。世界遺産、国宝です。

別名:白鷺城(はくろじょうorしらさぎじょう)

やっぱり姫路城、見事ですし綺麗です。素晴らしいですよね。

07 島根県松江市にある、松江城。国宝です。

08 岡山県高梁(たかはし)市にある、備中松山城。

現存天守で2階建ての天守閣はこれだけです。

09 香川県丸亀市にある、丸亀城。

10 愛媛県松山市にある、松山城。

11 愛媛県宇和島市にある、宇和島城。

12 高知県高知市にある、高知城。

以上が現存12天守。

国宝は、松本城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城の5つ。

それ以外は全て重要文化財です。

こちらは、愛知県名古屋市中区&北区にある、名古屋城。

別名:金鯱城(きんこじょう)。

1945年(昭和20年)5月14日の名古屋空襲で焼失。

1959年(昭和34年)、天守閣や金の鯱(しゃちほこ)が再建されました。

もっとも、鉄筋コンクリート造りで内部と外部にエレベーターがあるため議論の対象となることも多く、21世紀に入り、ついに木造復元事業が決定。2018年(平成30年)5月から天守閣入場禁止となりました。

2022年(令和4年)12月に木造復元工事完成予定・・・なんですが、文化庁の有識者会議で「石垣の保全策や埋蔵文化財調査が不十分」と反対意見が強かったそうで、ちょっと先行き不透明みたいです。

 

熊本県熊本市中央区にある、熊本城。

別名:銀杏城(ぎんなんじょう)。

石垣の勾配曲線の変化による「武者返し」が特徴で、下の方は勾配が緩やかですが、次第に急になり、最後ほぼ垂直になってます。これが西南戦争でも役に立ったそうです。カッコ良いですね。

1877年(明治10年)、西南戦争で西郷軍が総攻撃に入る2日前に火災が発生し焼失。

1960年(昭和35年)に再建。

しかし、2016年(平成28年)の熊本地震で被災、現在も修復中です。

写真は熊本地震前の写真を選びました。

(©株式会社山と渓谷社「Fantastic View 幻想絶景 Yama-Kei Calendar 2022」)

(©株式会社山と渓谷社「Fantastic View 幻想絶景 Yama-Kei Calendar 2022」)

 

(Ⓒ新日本カレンダー株式会社「NK-28 ヨーロッパ<2023年版>」)

 

これはヨーロッパのお城。ドイツ南部のバイエルン州にあるノイシュヴァンシュタイン城(Schloss Neuschwanstein シュロス・ノイシュヴァンシュタイン)です。

ディズニーのお城のモデルや、ジグゾーパズルの題材として有名ですよね。

1869年(明治2年)~1886年(明治19年)、バイエルン王ルートヴィヒ2世がロマンチック趣味で造った鉄筋コンクリート造りの城です。

ルートヴィヒ2世は更にもっとお城を造ろうとしますが、乱費を批判され、謎の死を遂げます。

 

うーん、やっぱり、世の中甘くないのです。

大事なことですよね。

 

江戸城天守閣を再建しなかった保科正之

趣味で鉄筋コンクリート造りのノイシュヴァンシュタイン城を作り、更にもっとお城を造ろうとしたルートヴィヒ2世。

 

色々と考えさせられます。

天守閣がなくても大人気のお城もあります。

 

まず、竹田城。

兵庫県北部の朝来(あさご)市にある山城です。

「天空の城」と呼ばれる、雲海とのコラボは、ホントに素敵ですよね。

「日本のマチュピチュ」と呼ばれるのもうなずけます。

マチュピチュは無理でも、この「天空の城」は一度見てみたいものです。

雲海がよく出るのは9月~11月の晴れ&無風&日の出前~朝8時だそうで、但馬南部地方に濃霧注意報が出た時がチャンスだそうです。

天守閣がなくても大人気のお城と言えば、もう一つ、五稜郭ですよね。

言わずと知れた、北海道函館市にある、「函館の夜景」と並ぶ観光名所です。

土方歳三(1835年生~1869年6月20日[明治2年5月11日]戦死。享年34歳[数え35歳])の最後の地としても有名ですね。

土方は、細くなって函館山につながってるエリアで乱戦になり、馬に乗っていた土方の腹部に新政府軍の銃弾が命中し、落馬、戦死したと言われてます(異説もあります)。

 

「今の時代、お城や天守閣なんて、不要だ」

 

「むしろ、今の時代こそ、観光のためにあった方が良い」

 

「江戸城や安土城の天守閣を再建しよう」

 

「昔の天守閣を忠実に木造復元した方が良い」

 

「忠実な木造復元にこだわらず、バリアフリー化した方が良い」

 

色々な意見がありますよね。

 

この点については、私は、「大変難しく、リスクが高いので、コメントはできません」パターンです。