「オレには誰よりもお前を幸せにする自信がある!どんな贅沢な暮らしだって、それこそ女王みたいな暮らしだってさせてやる!命令だと思ってくれたっていい……だから、お前自身の幸せのためにオレを選べ!!」
「晴斗様……」
金奈子が晴斗の背中に手を回す。
「……はい」
晴斗はその言葉を聞き、彼女を抱く腕の力を強める。
金奈子もまたその力に身を任せるかのように身を寄せた。
2人はしばらくの間そのまま抱き合っていた……。
その後、金奈子は自室で1人で泣いていた。
「私……本当に晴斗様の隣にいていいのかな……」
晴斗の告白を断った時のことを思い返すと胸が張り裂けそうになる。
しかし、自分の呪いのことを考えると、彼と結ばれることになってはならないと考えてしまう。
(……お父様……お母様……!どうして……どうして私を産んだの……!?)
金奈子は幼き日から抱いていた両親への恨みが再燃する。
母親が死んだ時に、自分の中に何かが宿ったのを感じた……とても恐ろしい何かが。
その日から金奈子は、自分の存在を呪うようになっていた。両親を憎んでさえいた。
そしてついに、金奈子が何よりも恐れていたことが起きてしまった。
(晴斗様が……私を愛してしまうなんて……)
最初はとても嬉しかった。夢でも見ているかのような心地だった。
晴斗のことは生まれた頃から愛しており、彼に尽くして喜んでもらえることが何よりの幸せだった。
だからこそ、愛する晴斗が自分と結ばれることによって、彼やその子孫たちに不幸が降りかかるかも知れない事が何よりも怖かったのだ。
これまで自殺する事も何度も考えては、晴斗を支えていくために生きなければ、と踏み止まってきたが、今となっては死んでしまわなかったことを後悔するしかない。
晴斗に愛されてしまったと分かった以上、自分の死は彼の心に深い傷を負わせることになる。
そうなる前に自分は死を選ぶべきだったと後悔してももう遅い。
(もう……私は死ぬわけにはいかない……)
こうなった以上、金奈子は自分の中の呪いと共に深い罪悪感を抱いたまま、将来的に晴斗と結ばれ、彼の子供を自分が産む事を受け入れざるをえなくなってしまった。
晴斗の血を後世に残すことは、彼を愛する金奈子にとっては悲願の一つであり、自分がその当事者になれるのであればどれほど幸せかと考えてはいたが、呪いに蝕まれた不浄な存在である自分が晴斗の子供を産んだとして、その子供が幸せになれるという保証はどこにもない。
だから晴斗には自分以外の女性を愛し、その女性と結ばれることで幸せになって欲しい……それが金奈子が晴斗に望んでいたことだった。
それなのに、結局自分自身が晴斗と結ばれることになってしまった。
(私は……どうすれば……)
涙をハンカチで拭きながら、金奈子が1人でそう悩んでいた時だった。
コンコンコンとドアを叩く音が部屋に響いた。
「金奈子、いいか?」
「晴斗様……っ!?」
それが晴斗だと分かった瞬間、金奈子は慌てて涙を拭う。
「は、はい…!どうぞ」
「邪魔するぜ」
そしてドアが開かれる。晴斗は部屋に入り、金奈子の前に立つ。
金奈子は泣いていた事がバレないようにと、顔をうつむかせている。
そんな金奈子を見て、晴斗は優しく微笑み、彼女の手を取って甲に軽くキスをする。
「は…晴斗様……!?」
突然の事に、金奈子の顔が赤く染まる。
そんな金奈子を愛でるように見つめながら晴斗は言う。
「相変わらず綺麗だな……」
「ふぇ……!?そ、そんな……」
晴斗からの突然の賛美の言葉に戸惑う金奈子。
しかし、彼はそんな金奈子の髪を掬い、そこにも口づけをする。
「は、晴斗様……!?」
金奈子は混乱した。自分が晴斗に愛されていることはもう理解しているが、このように突然大胆なスキンシップを取られるとは思っていなかったからだ。
「あ、あの……晴斗様……?」
「ん?どうかしたか?」
そう言いながら、晴斗は金奈子の顎を指で持ち上げる。
「一目見りゃ誰もが欲しがるだろうな…」
「は、晴斗様……っ」
「だがお前だけは誰にも渡さない。お前はオレだけのもんだ」
「は、はい……」
晴斗に愛の言葉を囁かれる度に、金奈子は自分に向けられるにはあまりも過ぎた幸福に罪悪感が増長し、胸が張り裂けそうになってしまう。
しかしそれと同時に、顔が熱くなり、頭の中が蕩けていくような感覚を覚えていた。
(ああ……これが私への罰なのかも知れません……)
そして金奈子は思う。ここで晴斗に身を委ねる事で幸せを感じ、自分が犯した罪の意識から少しでも逃れようとしているのではないかと。
「金奈子、もう一度、オレを愛していると言ってみろ」
そんな金奈子の心を見透かしているように晴斗が命令する。
「はい……愛してます……大好きです晴斗様……っ」
金奈子が震えた声でそう答えると、晴斗はそんな彼女の唇を奪った。
「ん……んっ!?」
金奈子は驚いて目を見開く。しかしすぐに目を閉じ、晴斗を受け入れるように身体を委ねた。
(ああ……私が晴斗様に愛されてる……なんて、なんて恐れ多いこと……)
晴斗の舌が自分の口内を蹂躙する度に、金奈子は自分が今、決して自分に相応しくない体験をしていることを自覚する。
そして同時に、なんて幸せなのだろうと感じてしまっていた。その幸せに全てを委ねるように、金奈子は夢中になって晴斗と舌を絡め合い始める。
「は……ん……んっ……」
やがて口を離すと、二人の間に唾液の橋が架かる。その光景も2人の情欲を煽るスパイスとなっていた。
(はぁ……こんな幸せを知ったら、もう戻れない……)
そんな考えすら金奈子の頭の中に浮かんでくる。
彼女は知らぬ間に顔に蕩けた笑みを浮かべ始めていた。
それを見た晴斗が言う。
「オレも愛してるぜ、金奈子」
その言葉を聞いた瞬間、金奈子の身体に稲妻が走ったような衝撃が駆け巡る。そして子宮の奥がキュンとしたような気がした。
「あぁっ……」
それだけで軽く達してしまうほど、今の彼女は敏感になっていた。
「そんな……いけませんっ……」
「なんでだ?」
「私なんかが、晴斗様から愛を囁いていただくなんてそんな……なんて勿体ない……っ」
晴斗からの愛情が自分に向けられていることに、金奈子はまだどこか罪悪感のようなものを持っていた。
だからこそ彼女は、晴斗に愛を受け入れてもらえたことで満ち足りた幸福感を感じてしまう自分を卑下してさえいて、ついそんな本音を口走ってしまう。
「んなこと知るかよ……オメーがなんと言おうが、オレは金奈子、ずっとお前のことだけを見てたんだ。ガキの頃からずっと、オレが結婚するならお前以外に考えられねーと思ってたよ」
「っ……!?」
その晴斗の言葉に金奈子は目を見開いて驚く。
「お前にも事情があんだろうがよ……オレだってずっと言いたくても小っ恥ずかしくて今まで言えなかったんだ。
だがもう、そんな遠慮はしねぇ……金奈子、オレはお前の事が好きで好きでたまらねーし、いつだってお前と将来結婚して、子供作って世界一贅沢な人生を送りてぇって考えてる!」
「晴斗様……」
晴斗の告白に、金奈子は胸が張り裂けそうな気持ちになっていた。
どれだけ自分が愛されているか、彼はずっと想っていてくれたのか……それを改めて実感し、涙が止まらなくなってしまう。
「だからよ、金奈子。逃さねーからな?例えお前自身がオレとの関係を後悔しようが、絶対にオレはお前を他の誰にも渡したくねぇ。……だから、お前は安心してオレに愛されてくれていいんだぜ?」
その言葉に、金奈子は自分の中で何かが崩れていくのを感じた。
「は……い……」
そして、彼女は涙を流しながら小さくそう答えるのであった。
「金奈子、声を聞かせてくれよ……オメーの声は、世界一可愛いからよ」
「……はい、身に余る光栄です、晴斗様……。……あっ、あ……」
そして2人は、お互いの気持ちを確かめ合うように、身を寄せ合っていた。
金奈子の部屋を出た晴斗は、セバスチャンの部屋を訪れた。
「よお、バッチリ決めてきたぜ」
「本当によろしいのですか坊ちゃま……」
セバスチャンは娘の金奈子に危険な気を感じており、晴斗の身を案じてふたりが結ばれることには反対していた。
「ああ、悪いなセバスチャン。あんたがどう反対しようが、あんたの娘はもうオレのもんだ」
「しかし、あの子と居ることでもし今後坊ちゃまに何かあれば、貴方の御父上であられる快斗様に申し訳が立ちません!」
「うるせえ!その話はもう終わりだ!それよりセバスチャン、これからの仕事の件だが……」
晴斗はいままで金奈子が盗みの仕事をサポートしていたことを話す。
「な!?あの子がそんなことを……」
「オレだって最初は驚いたよ。でも、これでわかった。金奈子はオレのためならなんだってやってくれるってことがな」
晴斗はニヤリと笑って見せる。
「……分かりました。では、これからはあの子にも正式に坊ちゃまのお手伝いをさせるという方向で――」
「誰がそんなこと言った」
「……!?」
「あいつに何もかもサポートしてもらってたんじゃキッド三世の名が廃る。よっぽどのことがねえ限り、あいつには手伝わせねえ」
「し、しかしそれでは坊ちゃまが……」
「なあに、あいつのサポートが無いくらいでキッド三世の名が廃るくらいなら、その程度だったってことさ。それに……事が上手く運びすぎるってのも面白くねえからな!」
晴斗はセバスチャンの目をまっすぐ見据えた。
「……わかりました。ではそのように」
セバスチャンが深く頭を下げると、晴斗は立ち上がってセバスチャンの肩に手を置く。
「じゃ、あんたの娘はこれからたっぷり可愛がってやるからな」
クスクスと笑いながら晴斗は部屋を出ていく。
「坊ちゃま……」
セバスチャンは冷や汗をかきながらふうっとため息をついた。
しばらくしてセバスチャンも部屋を出て廊下を歩いていると、上から冷たい視線を感じた。
「……お父様」
「っ!?金奈子!?」
階段の上から、金奈子が冷たい眼差しで彼を見下ろしていた。セバスチャンはまるで金縛りにでも遭ったかのように動けなくなってしまう。
「まさかとは思いますが、お父様は晴斗様のご意思に逆らうつもりですか?」
「い、いや……そんなことは……」
「そうですか。なら良かったです」
金奈子は虚ろな目でにっこりと微笑んだ。
「金奈子、お前は……」
「私は晴斗様を愛しています。だから、晴斗様のご意思に背くような真似をするお父様は……嫌いです」
「……っ!?」
とてつもない殺気を感じ、セバスチャンは息を飲んだ。
「な、なにを企んでいる……?」
震えた声でセバスチャンは問いかける。
「はい?」
「金奈子お前……坊ちゃまをどうするつもりだ!?」
「どうもしません。私はただ、晴斗様のために、あのお方のお望みのままに生きて、その行く末を見守りたいだけです」
「く……っ!」
金奈子はそのまま上の階へ行こうとするが、何かを思い出したかのように足を止めた。
「そうそう……お父様」
金奈子はくるりとセバスチャンの方を向いた。
「な、なんだ……」
「お父様もいい加減、晴斗様のお役に立ってください」
「なんだと……!?」
「まさかお父様……自分が十分な仕事をこなしてきたと思っているのではありませんよね?」
「な、なにを……」
セバスチャンはその言葉に心当たりがありすぎて言葉を詰まらせる。
「私がこれまでどれだけ無能なあなたの分まで晴斗様の補助をさせていただいてきたか……知らないでしょう?」
金奈子は虚ろな目で彼を見つめる。
「お、お前……まさか」
「ええ、私は今までずっと晴斗様のために働いてきましたよ。キッドの秘密を晴斗様に伝えただけで何もしないお父様と違って」
「……っ!?」
「でももういいんです。これからは私も表立って……一緒に働きますから」
「ぬっ……!?」
「くれぐれも、私と晴斗様の邪魔にならないよう……お願いしますよ、お父様」
金奈子は再び階段を上って行った。
「ま、待て!金奈子!!」
セバスチャンは金奈子の後を追おうとするが……
(くっ……!?)
階段を上っていく金奈子の背中は、まるで闇を背負うかのようだった。
(こ、これは……)
足がすくんで動かない。
「く……くそぉ……」
セバスチャンは膝から崩れ落ちた。
(坊ちゃま、あいつは……我が娘は……何かとてつもなく恐ろしい何かに、憑りつかれているのかもしれません……!)
セバスチャンは心の中で晴斗の身を案じ、そしてそのまましばらくその場から動けなかった。
3日後、キッド三世の犯行予告が出された。
晴斗は相棒を自称する怪盗ノルンと共に、厳重なセキュリティが敷かれた博物館へ宝石を盗みに入った。
ノルンを外で待たせ、ひとりで館内に侵入した晴斗だったが、そこでは宝石の警備をしていた博物館館長、霧雨北角が待ち構えていた。
「ふっふっふ、追い詰めたぞキッド三世」
「マジかよ……」
無数のワイヤーに身体を雁字搦めにされて身動きを封じられたキッドは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
そんなキッドの正面で、霧雨は勝ち誇ったように笑う。
「さあどうする? このまま警察に突き出すか?」
「いや、その前にちょっと確認させてくれ」
「ん?」
「どうして私を狙う? 泥棒は他にもわんさかいるだろ」
キッドの問いに、霧雨は語り始めた。
「私はね、怪盗キッドの盗みの腕を高く買っているのだよ。だから君を捕まえても、警察に引き渡すつもりは元からない」
「なるほど。それは光栄だな」
「……だがな、ただ捕まえただけで満足なわけはないだろう?」
霧雨はそう言うとニヤリと笑い、キッドの顎を指で持ち上げる。
「キッド、君と取引がしたい」
「取引だと?」
「ああ。君が私のものになるなら、今回の事は不問にしてやってもいいぞ」
「は?」
(何言ってんだコイツ?)
突然の申し出に、思わず間の抜けた声を出すキッド。
しかし霧雨はそれを気にせず続ける。
「君は普段、誰かから依頼を受けて盗みを働いているらしいね。これからは私の下で私だけのために盗みの仕事をしてもらいたい。もちろんそれ相応の依頼料は弾ませてもらう。どうだ? 悪くない提案だと思うが」
「……断る」
「ほう?」
即答するキッドに、今度は霧雨が意外そうな表情を浮かべた。
「何故だ? 君にとって悪い話じゃないはずだ」
「私は誰のものにもなりません。私は私だ」
「なるほど、さすがはかの有名な怪盗キッドの名を継ぐ者だ」
霧雨はそう言うと、キッドの顎から手を離した。
そして、懐から何かを取り出すとそれをキッドに見せつけた。
それは小さな宝石だった。だが、ただの宝石ではないことはすぐにわかった。なぜならその宝石は光を放っていたからだ。
その輝きはまるで太陽のように明るく、見ているだけで目が焼かれてしまいそうだった。
「これがなんだかわかるか?」
「さぁ?」
「これはな、ある組織が開発した人工宝石だ」
霧雨の言葉を聞いて、キッドは眉をひそめた。
人工宝石……そんなものが存在するなど聞いたこともなかったからだ。
しかし目の前にいるこの男はそれが実在すると言い張っているようだ。
だとしたらそれはおそらく本当なのだろう。
そうでなければわざわざこんな話を自分にするはずがないからだ。
「それで? そんな物を私に見せてどうするつもりなんだ」
キッドがそう聞くと、霧雨はニヤリと笑った。
そして手に持っていた人工宝石を床に落とすと、足で思い切り踏み潰した。
パリンッ! という音と共にガラスの破片が飛び散る中、霧雨は笑いながら言った。
「この人工宝石はな、ある組織が極秘裏に開発した物だ。だがその組織はある理由で人工宝石を手放した」
「……」
「そして私はその組織のボスにこう言われたんだ『人工宝石を回収しろ』とね」
「なるほど……つまりあんたはその組織とやらの命令で動いているわけか」
キッドの言葉に、霧雨は静かに首を横に振る。
「いいや違う。これは私がやりたくてやっている事だ」
「じゃあ何故だ? どうしてそこまでして人工宝石を回収しようとする?」
「それはな……この人工宝石には莫大なエネルギーが詰まっているからだ」
「……なんだと?」
(人工的に作ったエネルギーだと? そんな物が実在するのか……?)
キッドは半信半疑だったが、霧雨の表情を見る限り嘘を言っているようには見えなかった。
そして同時に、この男の目的がなんとなく読めてきた。
「人工宝石のエネルギーがあれば、私は巨万の富を得ることができるだろう」
「ふっ……確かにな」
「だがそれだけじゃないぞ? 人工宝石の力を使えば人類はさらなる進化を遂げられるはずだ」
「……ほう?」
霧雨の言葉を聞いて、キッドの目が鋭くなる。
そんなキッドの様子を見て、霧雨はニヤリと笑った。
「人工宝石の力を得れば、私はどんな望みも叶うはずだ。例えば世界征服とか……な」
「ッ!」
「どうだ? 私と組まないか?」
(世界征服だと? そんなくだらない目的のために人工宝石を使ってるのかコイツは……?)
霧雨の言葉を聞いて、キッドは怒りを覚えた。この男は自分が手に入れたいと思う物のためなら手段を選ばない人間なのだ。
そんな人間に付き合ってもいいことなど何一つないだろう。
ましてやこの男がやろうとしていることは世界征服などという悪意に満ちた野望だ。
「断ると言ったら?」
キッドがそう聞くと、霧雨はニヤリと笑った。
「残念だが、君に選択肢はないよ」
霧雨は懐から拳銃を取り出す。
「さあ答えを聞こうじゃないか。私に付くのか、イエスかノーか」
しかし霧雨の構えた拳銃がその手から弾き飛ばされる。
「なにっ!?」
「へっ!出てくるのが遅いんで来てみりゃ、情けねぇザマじゃねえか。なあキッドさんよお」
危機一髪のキッドを救ったのは、外で待機していたノルンだった。ノルンが霧雨の手を蹴り飛ばしたのだ。
「悪いな、今は取り込み中なんだ」
「ちっ!」
舌打ちをする霧雨を無視して、ノルンはキッドを縛っているワイヤーを破壊する。
そしてそのままキッドの腕を掴むと、出口に向かって駆け出した。
「逃がすか!!」
霧雨が拳銃を構えるが、そこで立ち止まる。なぜなら博物館の外からパトカーのサイレン音が聞こえてきたからだ。
おそらく晴斗が呼んだものだろう。
それを見た霧雨はニヤリと笑い、そのまま博物館から脱出した。
「やれやれ……まさかあんたに助けられるとはな」
警察が来る前に逃走に成功した晴斗はノルンと今回の仕事の反省会をしていた。
「だから言わんこっちゃねえ。今回の仕事は金奈子ちゃん抜きでやろうって言い出した時から嫌な予感がしてたんだ」
「バーロー!あいつがいたんじゃ楽勝過ぎてつまんねえだろうが」
「なに言ってんだ、言っとくがよお、お前なんかあの子がいなきゃその辺の三流のコソ泥と大差ねえだろうよ」
「なんだと!?」
売り言葉に買い言葉でヒートアップする二人。
やがてノルンが呆れたようにため息をついて口を開き始める。
「で?肝心の宝石は盗み出せたのかよ」
「いいや、ありゃニセモンだな。今回依頼してきたスポンサー様には俺からそう伝えとくよ」
「じゃあなんであんなこと言ったんだよ?」
ノルンの疑問に晴斗はニヤリと笑う。
「……本当のことを教えてやる」
そして懐から小さな宝石を取り出した。それは先ほどまで霧雨が持っていたものと同じ輝きを放っていた。
「これはな、人工的に作ったエネルギーが詰まった人工宝石だ」
「なにぃ?」
驚くノルンを尻目に晴斗はさらに続ける。
「あいつはこれを回収してこいと命令されてたみたいだが……俺は違うぜ?」
晴斗はニヤリと笑うと、その宝石を握りしめた。
「こうするんだよ」
そして次の瞬間には、人工宝石が粉々に砕け散った。
「なっ!?おま……なにやってんだ!?」
驚くノルンを尻目に、晴斗は得意げに語り始めた。
「いいかノルン?こんなもんはな、世界にキッド帝国を築き上げるっつう俺の壮大な計画の邪魔にしかならねえ」
「はあ、またそれかよ……お前よお、本気でそんな夢みてえなこと言ってんのか」
ノルンは呆れたようにため息をつくが、晴斗は気にせず続ける。
「当然だ。俺の夢は誰にも止められねえし誰の命令も聞かねえ。あんたも理解しとくんだな、俺の相棒を名乗りてえならよ」
そう言い切った晴斗の表情を見て、ノルンは諦めたように首を振った。そして小声で呟く。
「……まったく、しょうがねぇなあ」
(ま、そういう所がこいつのいいとこでもあるんだけどよ)
そんなノルンの気持ちを知ってか知らずか、晴斗は上機嫌に笑った。
「さて、帰るぞノルン。次の獲物は決まってんだ」
(待ってろよ……人工宝石の組織とやら)
晴斗は心の中でそう呟くと、ニヤリと笑って歩き始めたのだった。