俺たちに翼はない~AnotherStory~伊丹伽楼羅編 第三章『栄えある王の愛染だ! 前編』 | ゲゲゲのブラック次元

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俺たちに翼はない~AnotherStory~(アナザーストーリー)

 

 

動画版


 
「栄えある王の凱せ(ry…いや、今日負けたのは私の方であったな…。あのクソ天め…」

(私はフェニックスから、最も憎むべき女をクソ天と呼ぶことを覚えた。)

 

 伽楼羅は靴を脱ぎ捨てる。

「おっと、靴を揃えなければ…」

(王は他の愚かな人間共と違って過ちを繰り返さない。)

 

 伽楼羅は靴を揃える。

 

(さて、明日から私とプリンセス・リンダは正式にお付き合いをさせていただくことになったわけだが、それを我がプリンセス・ダヴに伝えるか否か…。)

 

 グレタガルドでは敵同士の関係であったため、ガルーダがプリンセス・リンダに会うことはほとんど敵わなかった。故に小鳩に、自分が犯してしまった禁忌を伝えることはできない。しかし小鳩は兄のヨージと違って賢く逞しいため、いつかバレルのも時間の問題である。

 

(しかし…私は隠し事が苦手だ!)

 

 王は純粋な心を持っていなければならない。欲にまみれた王が統べる国ほど崩れやすい国はない。ガルーダは王としてグレタガルドを閉ざさせるわけにはいかない。例えガルーダが滅びようとも、次、そのまた次の世代へと繋ぎ、グレタガルドを永遠に繁栄させていかなければならない。そのためには一刻も早くガルーダも妃を迎える必要がある。血縁者同士では子孫を繁栄させることが不可能と知った今、伽楼羅にはかつて愛したプリンセス・リンダである林田美咲が必要である。

 

(小鳩様がダメとあらば、私の妃に相応しい女性は彼女しかいない。彼女だけは何としても手に入れなければ…。)

「お帰りなさい」

「おおぉぅ?!姫、お戻りになられていたのですか」

「っ…その怪我どうしたんですか?」

「あぁ、先ほどゴーレムのギガンティックブレスを直に喰らいまして」

「病院に行かなくていいんですか?」

「なぁに、この程度の傷、明日になれば自然に治るでしょう」
 

 伽楼羅は階段を上り自分の部屋に入りベッドに寝そべる。


「 いつかは俺から小鳩様に美咲様のことを伝えなければなるまい。ダヴとリンダ、どちらも私にとって命に代えても惜しくない方…2人の姫をお守りすることが俺にできるのか…。いや、我は王ガルーダ、たった二人の姫をお守りできずに国の平和を守ることなどできるものか。私に不可能という言葉はない。必ずどちらもお守りして見せよう。世界が平和でありますように」


 翌日、伽楼羅は人ごみで埋め尽くされた電車の中である人物を探していた。

 

昨日一緒に帰ったということはあの方も私と同じこの車両で柳原駅まで向かうはず。しかしなんだこの民衆の大群は!!これでは姫がどこにいるのか分からんではないか!!ええいどかんかこのゴブリン共!!…グオァッ?!

 

 突然電車が揺れだす。

 

「とっ……」

 

 伽楼羅の足の甲に痛みを伴う重みが落ちてきた。

 

「はっ……」

 

 失態、といったニュアンスの息遣いが伽楼羅の顎の下から聞こえてきた。

「す、すみませんっ!」

 

 気が付けば美空学園指定の見慣れ…てはいないが女子用コートの方が、前のめりの負荷と戦いながら伽楼羅の胸板にのしかかっている。差し色のパステルブルーは二年生の学年色。そしてローファーの踵は、体重ごと伽楼羅の左足へ。

 

「あ、あれ、や……え、ええっ……⁈」

 

 彼女は深く下向いたまま、見知らぬ上級生男子の靴を踏んづけているという状況から一刻も早く逃れるべく、伽楼羅の胸の中でもがく。至近距離の体からふわりと果実の香りがする。

 しかし乱暴に減速してゆく満員電車の床には、激しく揺すぶられたばかりの足という足が、既に隙間なくがっちり打ちすえられている。新たに足を置きかえる余剰空間が見つからないようだった。

 

「あああ、ごめ、ごめんなさい……足が、あの、足がどかせなくて……!」

 

 俯いて表情を伏せているが、真っ赤になった耳の裏までは隠せていなかった。

 

「あ、あの……あのうっ、すみ、すみません、ちょっ、と……」

 

 頼みごとをするのが苦手そうな震える声と、遠慮がちに押し出そうとする前腕で、彼女は真横の中年女性に懇願している。しかし暖簾に腕押し、ぎちぎちに固まって動けないのは前後左右の誰もが同じだった。

 

「いいよ、全然痛くないから」

「あ、あああ、すみません先輩……ほんとに、ほんとに申し訳ありません……」

 

 彼女は足元へ目を落したまま、泣きの入った声でひたすら謝り続ける。

 

「どうして謝るの?キミが謝る必要なんてどこにもないのに」
「あれ…せん、ぱい?……」

 

 電車の揺れが少し治まり、彼女は一時伽楼羅?の胸元から離れる。

 

「あの、伊丹さん…ですよ、ね?」

「大丈夫?」

「はい?」

「怪我はなかった?」

「は、はい…全然だいじょぶです…。あ、あの…もしかして、羽田先ぱ(ry…あぅ!」

 

  伽楼羅?は女生徒Aの手を引き抱きしめる。

 

「あっ……♡」

(私今、先輩に抱かれてる…密着しただけじゃなくて…本当に抱かれてる……♡)

「君が人ゴミの中で押しつぶされてなくて、本当に良かった」

(先輩…そんなに私のことを心配して……あれ?おかしいな…羽田先輩ってこんなに積極的な人だったっけ…。)

「美しい髪だ。近くで見ると更に美しい……」

「そんなぁ、どうせシャンプーしか使ってませんよぉー…」

「姫をこうして胸に抱くことが出るだけで、私は幸せです」

「私の方こそ…先輩に抱いてもらえるなんて、世界で一番幸せです♡アレ、姫…?」

 

 女生徒Aは顔を上げる。

 

「おはようございます、美咲様」

「い、伊丹さん?!」

 

 美咲は思わず伽楼羅から離脱してしまった。

 

「おおおっ、おはようございま…チュッ!」

 

 美咲は慌てすぎて舌を噛んでしまった。

 

「何しろこの人ごみの中でしたから、美咲様を探すのに手間取ってしまったのですが、貴女の方から来てくださるとは有り難いかぎりです」

「私のことを探してくださってたなんて、それだけでもすごく嬉しいです。あっ、足踏んじゃいましたよね…すみません!大丈夫ですか?」

「お気になさらないでくだい、姫になら何回踏んでいただこうが結構ですので。それより姫、今舌を噛まれましたね?」

「あっ…」

(…カッコ悪いとこ見られちゃった…。)

「ご心配なく、私には口治しの心得があります」

 

 伽楼羅は美咲の肩をつかみ顔を近づける。

 

「い、伊丹さん?!これは…何を…」

 

 美咲が頬を赤らめる。

 

「私…まだ心の準備が…」

「じっとしてください…」

「は…はい……♡」

 

 伽楼羅の唇が美咲の唇に迫ってくる。

 

(伊丹さん……♡)

 

 その時、また急に電車が揺れ始める。

 

「わっ?!」

「……?!」

 

 流れてくる人ごみに美咲が巻き込まれる。

 

「伊丹さああああああん!!」

「姫ええええええー!!」

 

 手を伸ばし合う2人の健闘も虚しく、人ごみのビッグウェーブによって二人は離れ離れになってしまった。

 


 電車の中で別れた2人は、駅のホームで落ち合い、共に改札口へ向かう。

 

(うううっ…私のファーストキスがぁあああ…。)

 

 美咲は涙が出るほど落ち込んでいたが、改札口の前である人物を目にする。

 

「あっ…」

(羽田のやつ今日は林田と一緒かぁ…。)

「あの者は確か、ホークと同じクラスで美咲様と同じ部活の先人でしたな」

「伊丹さんすみません、今日はここまでみたいです…」

「えっ?」

 

 美咲は伽楼羅に頭を下げ高内の下へ向かう。

 

「ひ、姫…!」

「高内先輩、鞄お持ちします」

「あっ?何でアンタがこっち来んの?」

「えっ、だって私、高内先輩の鞄持ちですし」

「はぁ?オマそれどこの国の法律だよ。アンタが行くのはこっちじゃなくてアッチ」

 

 高内が美咲の方向を伽楼羅に向ける。

 

「で、でも先輩…」

「とっとと行けよ、お前彼氏どんだけ待たせる気だよ」

「か、彼氏?!」

「早く行け!!ほら行った行った」

「あああッ!!」

 

 高内が美咲の背中を押し飛ばす。

 

「高内先輩…すみません!!」

 

 美咲は高内に頭を下げ伽楼羅の下へ戻る。

 

(回想)

「えっ、林田さんが道に迷った?!大変だ!!」

(回想終了)

 

(羽田のあんなマジな顔、初めて見たもんなぁ…。)がんばれよ…林田


 伽楼羅と美咲は学園の近くまで来ていた。

 

「最近カップルが増えましたね…」

「姫、さっきから何を緊張なさっているのですか?」

「えっ?!いやぁ…今まで羽田先輩の背中を追い続けていただけで、こうして肩を並べて歩いたことなんて一度もなかったもので…」

 

 伽楼羅は美咲の表情を見計らって美咲の左肩をつかみ自分に抱き寄せる。

 

「わわっ?!」

「肩を並べて歩くのがお気に召さないのであれば、肩を合わせて歩くというのはどうでしょう?」

「そ、そういうつもりで言ったのでは……いえ…いいです…このままで…♡」

「然様か、では参りましょう」

「…伊丹さん…強引ですね…♡」

 

 美咲が顔を赤らめて囁く。

 

「姫、何かおっしゃいましたか?」

「い、いえ!…なにもおっしゃってません」

「……」

「伊丹さん、さっき電車の中で私に会ったとき、羽田先輩の真似をしてくれましたよね?」

「私が玉座を掌握したことでホークが出てこられなくなりましたから、私から美咲様へのせめてものお詫びにと…。お気に召されませんでしたか?」

「いえ、もちろんそれはもう嬉しかったです。けど…もう私の前で無理に羽田先輩の真似をしなくてもいいんですよ…」

「……」

「同一人物だと分かっていても、やっぱり違う人ですよね…。でも、優しい心だけは同じだと思います」

「優しさ?誰かをやっつけてやりたいという破壊衝動の塊であるこの私に優しい心などあるとでも?」

「伊丹さんは、伊丹さん自身が思っているほど、悪い人じゃありません」

「何故そう思えるのですか?私はグレタガルドを奪ったこの国の人間共を皆殺しにしようと考えているのですよ?」

「私も…ですか?」

「何を仰るか、貴女はライトエメラルド家の姫君、私がダヴ以外で生涯唯一愛した女性ですぞ」

「じゃあ、伊丹さんはいい人ですね」

「なぬ?!」

「私に優しくできるなら、貴方は誰にでも優しくできます」

「姫……」

「悪そうなフリをしていても、必ずどこかに優しい心を隠しているはずです。私が好きになった人の別人格なんですから」

(悪そうなフリをしていてもどこかに優しい心が……ファルコン?!)

「羽田先輩は誰にでも優しいから私にも優しくしてくれたんです。あの人が一緒にいて本当に幸せだと思える人は、渡来明日香さん…あの人に比べたら私なんか女生徒Aなんです。でも、羽田先輩のように誰にでも優しくできなくったって、ある特定の人に優しくできるのも素敵なことだと思います」

「それが私だと?」

はい…今ならはっきり分かります、私は羽田先輩を好きになっちゃいけなかった。私は、私のことを本当に心から大切に思ってくれる人を好きになるべきったんです。お父さんやお母さん以外で私にこんなに優しくしてくれたのは伊丹さんが初めてです」

「姫、泣いておられるのですか?」

「泣いてます……。私は、伽楼さんに会えるまで…待てませんでしたから……。ごめんなさい…!」

「分かっております、よほど心細かったのでしょう……待たせて…申し訳ありませんでした」

 

 二人は互いの心を分かち合い校門に入っていった。校舎に入ってからはそれぞれの教室へ行くために別れる。



 シンデレラ階段で美咲は友人の姿を目にし駆け寄る。

 

「タマちゃーん、私先輩に抱かれちゃったぁー」

「はいはい、ロビーで瓦解を招くようなこと言わないの。どうせまた電車の中で接触したとかでしょ?」

「ううん、今日は本当だよ?」

えっ

「今日は本当に抱かれたんだよ」

「あはははは…リンダ、だから本当だと思われるからそういう悪い冗談は程々に…」

「冗談なんかじゃないよ!」

 

「怒れ」

 

「……!」

 

 何者かが日和子の脳髄に語りかける。

 

「リンダ、流石にいい加減にしないと怒るよ?」

「本当に本当だって!伽楼…じゃなかった、先輩に手を引かれて胸の中で体ごと抱きしめられて…♡さっき校舎に入るまでも私の肩をつかんで体を寄せ合って一緒に歩いてたんだよ♡…あ~しゃぁわせ~♡」

「ちょっと…それ本当なの?」

「さっきから本当だって言ってるよね!」

「リンダ、悪いこと言わないから早く別れなよ」

「えっ」

「渡来先輩と付き合ってるって聞いてたけど、彼女がいながら他の子にまで手を出すなんて…」

「タマちゃん…何を言ってるの?」

「わからないの?リンダその人に遊ばれてるんだよ」

「違う…違うよ……伽楼羅さんはそんな人じゃないよ!!」

「カルラ?誰その人…。リンダが好きな人って、羽田さんって人じゃなかったの?」

「あっ…えっと……」

「リンダ…アナタまさか鞍替えしたの?あれだけずっと羽田先輩が好きだって言ってたのに……リンダのバカ!この浮気者ーッ!!」

 

 日和子は美咲の頬を引っ叩いた。誰からも打たれたことがない美咲は唯一の親友に打たれたのが信じられなかった。

 

「…タマちゃんに…何が分かるの……恋愛したことないくせに!!」

「……!リンダアアアアアア―ッ!!」

 

 日和子はもう一度美咲を打とうとした手を止める。

 

「リンダ…そこ、普通殴り返すとこだよ?早く殴ってよ…もう一発撃てないじゃない…!」

「私を好きになってくれた人が言ってた。私はお姫様で、泉のように清らかな心を持ってて…私のそんなところに惹かれたんだって。勿論そんなことないよ、私だっていつも羽田先輩と仲良くしてた渡来さんを妬んで、不幸を喜んだりもしてた…。だからせめて、誰かを傷つけることはしたくない…タマちゃんを殴ったら、もう友達じゃなくなっちゃうから…。私は…あの人に相応しい人になりたいから……」

「リンダ……」

 

 日和子は手を降ろす。

 

「おい玉泉」

「先輩…」

「ちょっと来い」

「羽田さんって人が多重人格性障害?」

「体の中に自分を含めて5人の人格がいて、さっきの子が言ってたカルラってやつもその一人。でもそいつは、自分が表にいる以上、他の人格はもう2度と出てこないって言ってた」

「えっ?!そんな…じゃあリンダは…あの子はまだ羽田さんに名前も伝えられてないのに…」

「別にいいんじゃない?羽田君もそいつも人格が違うだけで同一人物だし。それにさっきも仲良さそうにべたべたしながら校門に入ってきたし…今までは私の位置だったのに!」

「さっきのリンダの言いようだと、リンダはその人のことが好きなんでしょうか…あの子、見かけ通り扱いやすい子だからひょっとしたら遊ばれてるだけなんじゃ…。そんなのあの子の友達として私絶対に許せません」

「ああ、それも多分大丈夫」

「えっ?」

「あっちも本気だと思うから。高内から聞いたんだけど、玉泉の友達、林田だっけ?その子が迷子になってるって聞いてすごい慌てて捜しに行ったんだと。羽田のあんなマジな顔初めて見たってさ。だからカルラってやつもその林田って子のこと本当に大切に思ってる=好きってことなんじゃないかな」

「そうだったんですか…私、リンダに謝らないと…」

「ったく、寝ドラれた私はたまったもんじゃないけどね。まぁ私羽田君意外興味ないけど。元々私は羽田君の体験版彼女だし、本当の彼女が出来たらキッパリ降られてあげるって契約だったから最初から覚悟はできてたんけどね。でもまぁ…今となってはちょっと…寂しいかな」

「先輩……」

「まぁ玉泉には関係ないか。じゃあね」

「……」

「あっそうだ」

「どうかしました?」

「玉泉にしてはめずらしいじゃん。あんなにマジ切れするなんて」

「ああ、そうですよね……。実は、さっき頭の中で変な声が聞こえてきて…それからどういうわけか急にリンダのことが憎らしく思えてきて……」

「ふーん……。玉泉、嫉妬だろ」

「違います!」
 

 その後日和子は教室に行って美咲に謝ろうとするが、いつもの元気な美咲とは別人のように表情が沈んだ美咲を見てとても声がかけられなかった。

 休憩時間になり、美咲は伽楼羅のクラスを覗きに行ったがそこに伽楼羅の姿はなかった。


「伽楼羅さん、どこ行っちゃんたんだろ……」


 仕方ないので購買に行きパンを買い、一人寂しく食べるつもりだったが、近くで同年の生徒が妙な話をしていたのでそこに駆け寄る。

 

「どうしたの?」

「いやぁさぁ、さっきから屋上の方から変な鳴き声が聞こえるんだよ」

「変な鳴き声?」

「おかげで誰も気味悪がって近づけねぇよ。猛獣でもいるんじゃないのか?」

「まっさかぁ」

「もしかして…!」

 

 美咲はその場から走り出す。

 

「お、おい林田ッ!!お前まさか屋上に?!」

「止めとけって!今あそこ絶対ェやべぇぞ!ああ…行っちまった」

 

 美咲はまるで亡霊のように奇声に導かれ階段を上る。

 美咲がドアを開けると伽楼羅が空に向かって雄たけびを上げていた。

 

「あっ」

「ガアアアアアア―ッヴババババババーンッ!!…ん?」

 

 伽楼羅はドアの開く音に気付き後ろへ振り向く。

 

「おお、姫!今、今日初めて姫と共にここへ来た記念に祝いの叫びをあげていたのです。ん?どうなされた姫、顔色が優れませんな…。どこかお体の具合でも悪いのですか?」

「体というか…心です…」

「心…?何か機嫌を損なわれるようなことがありましたか?」

「いえ、そんなんじゃありません…。伽楼羅さん、私って浮気者なんでしょうか…」

「は?」

「朝、友達に言われました。いままでずっと羽田先輩のことが好きだって言ってたのに、他の人に鞍替えした私は浮気者だって……」

「友人に私のことを話したのですか?」

「すみません、なんとか伽楼羅さんのことを羽田先輩にうまく置き換えて話すつもりだったんですけど、ついうっかり口に出てしまって……」

「それだけ姫は私と同じで純粋な方ということです。にしても浮気者ですか…いくら貴女の友人だからと言ってもそんな理不尽なことを言われるのは侵害ですな。それは美咲様が悪いのではなく、ホークに人を幸せにするほどの力量がないのが悪い」

「えっ…でも私、羽田先輩とお付き合いができればそれだけでも十分幸せですよ。先輩ならきっと優しくリードしてくださるはずです」

「リードしてくれる?お言葉ですが姫、貴女はあの男のことを何もわかっておられないようですな」

「えっ」

「それは貴女のロマンチックな思い込みであり、理想でしかない。いいですか?…羽田鷹志という男は誰にも傷つけられない無敵の体を持っておりますが、心が極端に弱い。やつは少しでも悩みを抱えると自分の作ったまやかしのグレタガルドへと逃げ込んでしまう悪い習性があります。そんな情けない男に人を導くことなどできはしません」

「な、情けなくなんかありません!」

「……」

「だ、誰だってそういうことあると思います。なにかを伝えたくても勇気が出なくて、結局逃げ出してしまったりとか…。私はそんな情けない子ですけど、きっと羽田先輩なら……」

「私はただ、姫にここまで想われておきながら姫をモブキャラ扱いしていたホークが未だに許せないだけです。それで姫が先ほどの理不尽なことを言われたというのが更に腹立たしい」

「ごめんなさい…伽楼羅さんは悪いわけじゃないのに、ムキになったりして」

「私の存在を認めてくださった美咲様の判断は正しかったと言えるでしょう。私は例えこの身に代えても貴女を守り、必ず貴女を幸せにして見せます」

「伽楼羅さん……」

 

 美咲は伽楼羅の胸に寄り添う。

 

「……さて、もうこんな話は止めましょう。今日はめでたい日のはずなのですから、美咲様もどうかお元気を取り戻してください」

「そ、そうですね。伽楼羅さんとお話しできて、だいぶ気持ちが楽になりました。ありがとうございます」

 美咲は懐からパンを取り出す。

 

「それは?確かパンという食べ物でしたか」

「は、はい、さっきも申し上げた通り、いつも一緒に食べてるお友達と朝喧嘩してしまったのでひとりで教室の隅に縮こまってもそもそ食べようかと思っておりました」

(一国の姫君がまるで兵士のようなことを…。)

 

 伽楼羅はフルーツジュースを取り出す。

 

「しかしあれですな…」

「なんですなんです?」

「パンを一口ずつ千切って食べておられる美咲様はとても可愛らしいと思いまして」

「か…かかか、可愛らしい?!」

 

 美咲が顔を真っ赤にしてうろたえる。

 

「『可愛い』というのは初めて使う言語ですが、もしかして今のは使い方が違いましたか?」

「い、いえ、全然あってます!けど、すごく恥ずかしいです…」

「いやしかし…」

 

 伽楼羅が不満げな顔を美咲に向ける。

 

「ど、どうなさいました?」

「美咲様がパンを口にしているのが私は気に入りませんな」

「ここでパンに苦情来た?!」

「姫、貴女は気高きプリンセス・リンダなのですよ。貴女がそのような一市民が口にするような侘しい物を食べているのが、私は気に入りません」

「そっ、そんな、私媚びてるわけじゃないです!真面目すぎる女でもないです!親しみやすい子で評判です!」

「そうです、それでこそ一国の姫君です。貴女にはもっと贅沢をしていただかなければなりません。そうだ姫、今宵フェニックスたちと一緒に私とお食事でもいかがでしょうか」

「お、お食事のお誘いですか?!どうも、謹んでご、ご一緒させていただきます!あっ、お食事でしたら私、素敵なお店知ってます。お友達が働いている洋食屋さんなんですけど、コーヒー紅茶も美味しいんです。女の子の制服がすっごく可愛くてー、お手洗いがすっごく広くて綺麗でー…」

「あ、あの…姫…まさかそれはアレキサンダーという店では…」

「わっ、よくわかりますね。伽楼羅さんも行ったことあるんですか?」

「私は昨日行ったのが初めてですが、イーグルがそこでバイトというものをしていまして」

「えっと…千歳さんでしたっけ?アレキサンダーでバイトをされていたんですか?!……すごい偶然ですね」

「ということは美咲様の友人というのは『玉泉日和子』という女ですか?」

「えっ、なんでわかるんですか?!」

 

 伽楼羅は鷲介と日和子の関係について美咲に説明した。

 

「ええええーっ!?千歳さんがタマちゃんの彼氏?!なんだ…タマちゃんもしっかり恋愛してるんだぁー…言ってくれればいいのに…。しかも私よりも早く彼氏習得!隠された上に抜け駆けされたぁー…」

「何を仰るか姫、貴女にはこの私がいるではありませんか」

「そそっ、そうですよね!でも…渡来さんだけじゃなくてタマちゃんの好きな人とも被ってたなんて…伽楼羅さんが救いの手を差し伸べてくださらなかったら私本当に勝ち目なかったですね」

「なにやら楽しそうだねぇ」

「おおレイヴンではないか。丁度よかった、紹介しよう。私と結婚を前提にお付き合いさせていただくことになった、ライトエメラルド家の王位継承者『プリンセス・リンダ』こと『林田美咲』様だ。そなたも謹んでご挨拶するがよい」

「ほぅ…。どうも、未来の皇后陛下。冷眼の暗殺者『レイヴン・コバルトシルバー』こと、『針生蔵人』と申します。どうぞお見知りおきを」

「ど、どうもこちらこそご丁寧に。あの…伽楼羅さんとはどういうご関係でしょうか?」

「そうだねぇ…とりあえず喧嘩友達ってことでよろしいかな?」

「は、はぁー…そうなんですか」

「にしてもアンタが萌えっ子好きだったとは…人は見かけによらないってことですかな陛下?」

「ぬふん…何を言っておるレイヴンよ、フェニックスといいそなたといい、私が美咲様を選んだことがそんなに不思議なことなのか?」

「いいや…いい趣味してるよアンタ」


 放課後、校舎を出た伽楼羅は校門の前に立っている女子がケータイを開いているところを目にする。

 

(ん?あれは美咲様ではないか、何をされているのだろうか。まさか私のことを待っていてくださったのか、だとしたら嬉しいかぎりだが、見たところどうやらそうではないらしい。)

 

 だが、こうしてまた彼女に会えた事実は、伽楼羅の胸の高鳴りをさらに大きく揺れ動かす。

 

「ほほぅ……」

(おや、どうやら画面に夢中で私の熱い眼差しに気付いておられないようだ。)

 

 美咲は鼻歌を歌い始めた。

 

(むおんむおん、ご機嫌が良さそうで何よりだ。)

「…姫?」

 

 伽楼羅は気づいたふりをして声をかける。

 

「あれ……?」

(む、無視されてしまった…無念。)

「……ほへっ?」

 

 美咲は目を丸くしてぴたりと固まった。

 

(いったい美咲様はディスプレイに何を見たのだろうか?最愛の王であるこの私に声をかけられても気づかないほど、何をそんなに驚いておられるのか。)

「えっと……?」

 

 ぱちくりぱちくり。美咲は目をしばたいている。

 

(よほど理解不能な何かが映し出されていると見える。)

「えーとー……」

 

 ぽち、ぽち、ぽち……凍りついた笑顔のまま、いくつかボタンを押してゆく。

 

「はわっ!?」

(いい悲鳴だ…耳に心地よい…。なっ、これではまるで私が変態のようではないか!)

「あわわわわ……」

 

 さらに衝撃度が増大したらしい。もはや彼女は、空いている方の手を唇に添えてかたかた震えていた。

 

「こ、こ、これは……これはいったい……」

「あのう、姫?」

 

 伽楼羅がもう一度声をかけるも、やはりそれどころではない様子。

 

「けけ、けしからん……けしからんです……」

(私には姫の存在そのものがけしからんです…。ち、違うぞ!そんな目で私を見るな!私は断じて変態ではないと申しておろうに!)

 

 伽楼羅は気になって、一瞬だけ首を伸ばして横から覗き見た。

 

(むむっ?なんだこれは…。)

 

 どこかで見たような肌色のグラフィック。ちょっとエッチな二次元美少女の絵。

しかし伽楼羅は美咲や小鳩以外の女性に興味を示さないため、何故美咲がそこまで興奮するのか理解に苦しんだ。

 

「でも見る!」

 

 美咲はききりと眉を吊りあげて、気合のこもった目で画面を睨みつけた。

 

(一人でころころと表情を変える方だ。そこがまた愛らしい…。)

「コカトリス……バジリスク……」

(おっ、これは……どうやら姫は懐かしきグレタガルドの記憶を呼び戻そうとなさっているようだ。)

「これも伽楼羅さんのためー!」」

「ん……?」

(私のため…ですと?)

「美咲様」

 

 伽楼羅はいつまでも突っ立ってるわけにもいかず、背中を叩くようにはっきりと呼びかけた。

 

「はい?」

 

 美咲が表を上げる。目が合った。

 

「どうも」

 

 伽楼羅は執事のように片手を胸に添えて美咲に一礼した。

 

「ひっ?………」

 

 美咲から返事はなかった。

 まるで時が止まったかのように、美咲は伽楼羅を見上げたまま動かなかった。

 

「ひああああああっ!?か、かる、かるらさん……」

 

 画面を隠すように携帯電話を折りたたむ。

 

「い、いつからそこに……」

「はい、姫がなにやら不適切な画像を見て目が点になったあたりからでしょうか」

「なっ、なんで私は気づかないんですかあ!」

「姫、ケータイでいったい何を見られていたのですか?」

「ちょっと、あの、調べもの……です」

「ほぅ調べもの…」

「あっ、伽楼羅さんはいまお帰りですか、今日はいい天気ですね」

 

 曇り空にも拘らず美咲は無理やり話題を変えようとするが伽楼羅はお構いなしに聞いた。

 

「やはりグレタガルドですかな?」

「えっ、あっ、はい。鳳さんから伽楼羅さんの用いる謎の言語について知りたかったら、ウイングクエストを参考にすればいいと助言を受けまして。」

「ふぇ、フェニックス?!」

 

 伽楼羅は急ぎ翔に電話をかける。

 

「フェニックス、貴様姫に何を吹き込んだ!」

「ああ伽楼羅、その子に伽楼羅のこと教えてあげようと思ってグレタガルドを調べることを奨めたんだ」

「それだけではあるまい、姫にいかがわしいサイトを奨めたのも貴様だな?」

「ああ、ばれた?ちょっとからかってあげようかと思って伽楼羅がそういうの好きだって嘘ついてみたんだけど、その子本当に見たんだ…で、どんな反応してた?」

「姫で遊ぶな!!」

「そんなことより、丁度今パーティーの用意済んだからさ、早くこっち来てよ」

「ご苦労だったな…話を戻すがフェニックス…貴様が何故美咲様の電話番号を知っている!」

「ああ、その子玉泉の友達だから、アレキサンダーで玉泉のケータイ拝借して番号さがさせてもらったって」

「なるほど、その手があったか……って抜け駆けは許さんぞフェニックス!私ですらまだ姫の電話番号を知らぬというのに!」

「いやぁ、付き合ってんならとっくにもう聞いてると思って」

「正式にお付き合いさせていただくことになったのは今日からだぞ。まだ聞いておるものか!」

「じゃあ聞きゃーいいじゃん」

「あっそうか」

 

 伽楼羅は電話を切る。

 

「姫、電話番号を交換しましょう」

「えっ、よろしいのですか!」

「是非お願いします」