ちょうど1年。 | エバーグリーン

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横浜の不動産屋さんがとりくむ校庭芝生化

本当の意味での今年最初のブログ書き始めとなります。

今年もよろしくお願いいたします。


最初に何を書くべきか少し迷っていましたが、

この内容になりました。


ちょうど1年前の1月8日、空手会の最後の巨星

中村日出夫先生が御年99歳でお亡くなりになられました。


昨年献花式に参加してまいりましたが、改めて先生の偉大さを

かみしめることになりました。


ちょうど1年が経過し、中村先生の直弟子であり私の直接の師

である先生から「偲ぶ会」を催すということになり参加して

まいりました。


本年の1回忌は何故か大阪で行われるということで、関東地方

在住の私たちはこちらで偲ぶ会を行うことになったのです。
(そればかりが理由ではありませんが)


中村先生の遺影がないため飾られていたのは中村先生の空手十段と

範士の免状!!




私も今まで見たことがなく、生前私の先生が中村先生より譲り受けた

との事でした。



こちらの花押に記してある大日本武徳会というのは戦前、京都に

その基があり日本の武道指導者を育成するため武道専門学校という

学校を運営しておりました。

こちらの武道専門学校、略して武専(ぶせん)については、JINで

おなじみの漫画家 村上もとか先生 龍(RON)に詳細に記されて

おりますので、ご興味のある方は一読を。

中村先生もこちらの武専に入学され、その後京都帝国大学の哲学科
(今でいう京都大学)

に入学されました。


中村先生に基本動作や組み手を見ていただき、お言葉を数度頂きまし

たが中村先生のお言葉は非常に難解で、哲学的であり、質問に対して

すぐに答えられない事が多々ありお叱りを受けたりもしました(^^;)


今となっては良い思い出です。


色々書いてはおりますが、正直なじみの無い方にはわかりづらいと思い

ますので、判り易く人物表現をしますと…
(これも漫画になっちゃいますが)

板垣恵介氏の有名な漫画「グラップラー刃牙」に描かれている愚地

独歩はそのキャラクター設定を中村先生と極真の大山先生を足して

割って作られているとのことでした。

私的には見た目は全く中村先生で、その背景が大山先生でしょうか?

中村先生の試技の一つに「たるき切り」というものがあります。

板垣氏は、「グラップラー刃牙」の連載をするにあたって中村先生を

取材し、そのたるき切り直接経験しております。

板垣氏は、この時の様子を著書である「板垣恵介の格闘士列伝」にて、

「底の厚いブーツで思い切り踏みつけてようやく少し曲がるぐらいの

硬い角材が、背広を着たまま準備運動もせずに放った手刀の一撃で

簡単に折れた」と書いております。


数年後、再度、中村先生にインタビュー取材を申し込んだところ、

再度、たるき切りを経験されたようで、板垣氏の「板垣恵介の激闘達人烈伝」

にはこの時の様子が次のように記されています。

「垂木の切断面が、昔よりも滑らかになっていた」

「拳が角材に当たった瞬間、コッと乾いた音がしたかと思うと木が切れていた。

後に専門家に問い合わせたところ『それは大きな力を持った物体が高速で

貫通した時独特の現象だ。本来人間の出せるスピードではない』と説明された」




(中村先生生前のたるき切り動画 byリングの魂)

先生の同姓同名で合板技術の特許を取った人物がおり、この事実を持って

「これははトリックであり、まやかしだ!」と

言う手合いもおりますが、私自身このたるき切りを経験させていただき、

たるき切りの前にたるき自体を確認し、(というか先生は事前に演武される際
切るたるきを演武場の入り口にずらっと並べたりしておりましたので、ごま
かしようがないのですが…)

割った後のたるきを記念に持っておりましたので間違いないです。
(切られたたるきは10年ほど保管しておりましたが、結婚時の引っ越し
の際に嫁に捨てられ激怒した思い出があります)


いま、思い起こしても中村先生の技は常人には思いもつかないような

レベルで昇華され、今後もこのような空手家はもう現れることは

ないと思います。


中村日出夫の後に拳聖なし。


先生のご冥福をお祈りするとともに、空手では到底到達不可能でも

人となりや人間性において少しでも近づければと思っております。


中村先生本当にありがとうございました。


長文お付き合い頂きありがとうございます。

皆様今年もよろしくお願い申し上げます!!!