備忘録ではありますが、今年の夏は上野に美術館賞に出かけました。
今年の夏はとにかく暑い・・・
どこにも出かけたくない暑さでしたが、見逃せない展覧会、デ・キリコ展と神護寺展を鑑賞しました。
上野駅を出るとドピンカンの青空と暑さ・・・
それでも上野公園は多くの人で賑わっていました。
まずは東京都美術館で開催中のデ・キリコ展へ・・・
初期から描き続けた自画像や肖像画から、 画家の名声を高めた「形而上絵画」、
西洋絵画の伝統に回帰した作品、そして晩年の「新形而上絵画」まで、
世界各地から集まった100点以上の作品でキリコ芸術の全体像に迫る大回顧展が開催されています。
キリコと言えばポスターのイメージが浮かびますが、
繊細で写実的な人物も描いており、見応えのある展覧会でした。
キリコ展の後は、東京国立博物館へ移動・・・
暑い日は、つい木の木陰で一休み・・・
上野公園を見守り続けた木々達と対話を・・・
「神護寺―空海と真言密教のはじまり」へ・・・
唐から帰国した空海が活動の拠点としたことから真言密教の出発点となりました。
本展は824年に正式に密教寺院となった神護寺創建1200年と空海生誕1250年を記念して開催。
平安初期彫刻の最高傑作である国宝「薬師如来立像」や、約230年ぶりの修復を終えた
国宝「両界曼荼羅(高雄曼荼羅)」など、空海ゆかりの宝物をはじめ、
神護寺に受け継がれる貴重な文化財をご紹介されています。
特に高雄曼荼羅は圧巻、
いつか、神護寺に赴いて両界曼荼羅を拝見したいと思いました。
国立博物館の前には美しい花が・・・
上野公園は、意外と自然が豊富・・・
少し時間があったので、無料で見れる西洋美術館のオーギュスト・ロダンの彫刻を見学・・・
改めてロダン彫刻の凄さを感じましたる
ロダンと言えば考える人、
本作品は、彫刻家ロダン畢生の大作《地獄の門》の中央扉の上で、地獄の様相を眺めつつ思索に耽る詩人の姿として構想されたものである。やがてロダンは「岩の上に腰をおろして夢想する裸の男」を置くこととし、そして男の中で「豊かな思索が次第に精緻なものとなる」と、「彼はもはや夢想する人ではなく、創造者となる」とした。《考える人》は、死すべき者=人間の悲劇的な運命について永遠の思考を続ける普遍的存在となった。そこには内的な苦悩と思索の激しさが、凝縮された量塊となって形象化されている。《考える人》は、1902年から1904年頃にかけて拡大作品の制作が行われた。国立西洋美術館の前庭にあるものはその鋳造作品である。
カレーの市民 Burghers of Calais
1884年、カレー市民はかねて懸案になっていた、同市を救った恩人、ウスターシュ・ド・サン・ピエールの記念碑建設を決定し、ロダンが指名された。ウスターシュは、中世百年戦争の時代、イギリス国王が1347年に英仏海峡を越えて同市を包囲した際、他の5人の地位の高いカレー市民と共に人質としてイギリス国王の陣営に赴き、カレー市と市民の生命を救ったのであった。年代記を読んで感動したロダンはウスターシュ一人の代わりに6人の市民がそれぞれの絶望と苦悩のうちに、市の鍵を手に、首に縄を巻いて裸足で市の門を出て行く群像を作り上げた。
地獄の門
880年、ロダンはフランス政府からある依頼を受けた。それは、新たに建設される装飾美術館のための門を制作する仕事で、ダンテの『神曲』を主題とすることが条件づけられていた。『神曲』は、キリスト教への信仰を根底とし、「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」の3部から成る長編叙事詩である。元々ダンテの讃美者だったロダンは、「地獄篇」に焦点を当て、永遠の罰に苦しむ200人以上の裸体の人物像を様々なポーズで表現した。





















