Jun Photo Diary

Jun Photo Diary

写真を媒体に旅、日常での出会いの記録を綴ります。


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久しぶりに快晴が続いた三連休。

気分転換を兼ねて、箱根・仙石原の長安寺へと足を運びました。

 

6月以降、雨の日が多く、箱根の山々も雲に覆われる日が続いていましたが、この日は久しぶりに雲ひとつない青空。羅漢場には澄んだ空気が流れ、木々の間を吹き抜ける風にも、どこか秋の気配が感じられました。

 

境内は、まだ深い緑に包まれています。その緑陰の中で、岩シャジンの繊細な花が静かに揺れ、秋明菊が可憐な花を咲かせていました。長安寺の花々は、木々の色づきに先駆けて、季節が夏から秋へと移り変わり始めたことを、そっと伝えてくれます。

 

木漏れ日に照らされた羅漢さんたちの表情を眺め、花々の姿に季節の移ろいを感じながら、自然が織りなす風景に心を委ねるひととき。気がつけば、時の経つのも忘れてシャッターを切っていました。

ふと見上げると、緑の奥には、これから訪れる秋の気配が静かに潜んでいるようです。あと半月もすれば、木々は少しずつ色づき始め、境内は秋ならではの彩りに包まれていくことでしょう。

 

深緑の中に咲く岩シャジンと秋明菊。そして、静かに佇む羅漢さんたち。

目に映る風景はまだ夏の名残をとどめながらも、花々は確かな季節の歩みを伝えています。

長安寺の自然は、秋の深まりを待ちながら、ゆっくりとその時を刻んでいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香港からの帰国便で撮影した空の写真に続き、今回は2006年当時の香港の街並みをスナップ写真で振り返ります。

 

当時、中国南部に半年間派遣されていた私は、香港を経由して滞在先へ向かう生活を送っていました。香港からはバスや列車で中国本土へ入るのが一般的で、私も滞在先のホテルまで直通するバスをよく利用していました。

 

ただし、直通といっても簡単ではありません。香港の出境審査と中国本土の入境審査では、途中でバスを降りて手続きを済ませ、再び乗車する必要がありました。言葉も十分に通じない環境では、何かトラブルが起きればどうにもならない。毎回、緊張感を伴う移動でした。

 

当時は滞在期間にも制限があり、仕事の合間に二週間ごとに香港へ出て、再び中国へ戻る生活を繰り返していました。後半にはビザを取得して滞在期間を一か月に延ばしましたが、当時の中国で働くことの難しさを実感する日々でもありました。

 

そんな生活の中で、香港に戻ると不思議と気持ちが落ち着きます。かつて英国統治下にあった香港には、二階建てバスが走り、英語も通じる。街を歩く感覚は東京にも近く、スターバックスでコーヒーを飲むだけでも、ほっと一息つける場所でした。

 

香港駐在の仕事仲間のマンションに泊めていただいたこともあります。高層階から見渡す香港の街並みは圧巻でした。一方で、安心して暮らすにはセキュリティの整った住まいが欠かせないとも聞き、香港という都市のもう一つの側面を知りました。

 

高層マンションが林立する独特の景観は、今も強く印象に残っています。昨年、香港の高層住宅火災がニュースで大きく報じられた際には、あの街並みを思い出し、都市の発展と建物の安全性についても考えさせられました。

 

街角のレストランでアイスコーヒーを飲み、お腹を壊してしまったことも、今となっては懐かしい思い出です。

 

仕事で訪れた香港でしたが、異国の街を歩き、日常の風景を写真に収めた時間は、今ではかけがえのない記憶となっています。

 

こうして当時の写真を見返すと、街の風景だけでなく、そのときの空気や自分自身の気持ちまでよみがえってくるから不思議です。

 

 

 

 

 

 

 

 

香港上空から

 

 

 

 

 

 

 

 

ビクトリアピーク

 

 

 

 

 

 

 

 

知人のマンションから香港の街並みを眺める

 

 

 

 

 

 

 

知人のマンションから香港の海域を眺める

 

 

 

 

 

 

 

知人のマンションから香港の街並みを眺める

 

 

 

 

 

 

 

 

知人のマンションから見下ろした風景

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香港街

 

 

 

 

 

 

 

香港街

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香港街

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高層マンション

 

 

 

 

 

 

 

 

香港街

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香港街

 

 

 

 

 

 

 

 

知人マンションからの夕景

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006年9月29日、18時31分。
私は、香港空港を飛び立った飛行機の窓から、静かに沈みゆく夕日を眺めていた。

その年の4月から約半年間、中国南部での仕事に携わり、その任務を終えて日本へ戻る途中だった。

 

当時は、国内生産から中国生産へと大きく舵を切っていた時代。

私はその立ち上げメンバーの一人として、右も左も分からないまま中国へと送り出された。

聞こえてくるのは、当然ながら中国語ばかり。
通訳だけを頼りに、まずは言葉や文化の違い、そして中国人の考え方や仕事に対する感覚を

理解することから始まった。やがて、ほんの少しずつ覚えた中国語を使いながら、

現地の人たちと向き合い、試行錯誤を繰り返す日々。

振り返れば、決して楽な半年ではなかった。

 

けれど、この夕日を見ると、あの頃の苦労や戸惑い、そして現地の人たちと過ごした時間が、

まるで走馬灯のように蘇ってくる。

大変だったからこそ、今になって思えば、かけがえのない経験だった。

仕事だけではなく、人との関わり方や異なる文化を知るという意味でも、

私にとって大きな学びとなった半年だったと思う。

あの時の良い思い出も、苦い思い出も、今ではすべて私の大切な宝物だ。

 

あれから20年。かつて私が働き、暮らしたあの街は、今どんな姿になっているのだろう。

いつかもう一度、あの頃の街を訪ねてみたい。
そして、20年前の自分が見ていた風景と、今の自分が見る風景を、静かに重ね合わせてみたいと思う。