Jun Photo Diary -2ページ目

Jun Photo Diary

写真を媒体に旅、日常での出会いの記録を綴ります。

 

仕事帰りの夕暮れ、石川町駅で途中下車し、カメラを片手に元町をぶらりと歩いてみた。

 

いつものメインストリートを離れ、今日は気の向くままに裏路地へ。

 

そこには、学校帰りの女子高生たちが楽しそうに笑い合いながら歩く、何気ない日常の風景があった。

 

どこの街にもあるような当たり前の光景なのに、ここが元町というだけで、どこか絵になる。

 

洗練された街並みと穏やかな空気が重なり、何気ない一瞬までもが特別な情景として映ってくる。

 

犬を連れて散歩を楽しむ地元の人々、路地に差し込む柔らかな夕暮れの光、静かに流れる時間――。

 

出会う景色の一つひとつに元町らしい品の良さが漂い、自然と心もほぐれていく。

 

ほんの短い散策だったが、カメラを手に街を歩き、シャッターを切る時間は、

 

自分にとって何よりの気分転換となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギャラリーTAGA2では、7月27日まで**「刻み人 安藤榮作 ― 魂の声」**が開催されています。

東日本大震災を大きな転機として、自らの内に響く「魂の声」と再び出会い、その声にすべてを委ねながら木を刻み続ける彫刻家・安藤榮作。その創作は、技術や意志を超え、生命そのものの導きに身を委ねる営みへと昇華されています。

本展では、いまこの瞬間だからこそ生まれた小品の数々が一堂に集い、それぞれの刻みが静かに響き合い、祈りや願い、そして生きる喜びに満ちた空間を創り出しています。作品と向き合っていると、木に宿る生命の息吹と、作家の魂の鼓動が、見る者の心へと静かに伝わってくるようです。

会期も残りわずかとなりました。この機会にぜひ、刻み人・安藤榮作が刻み続ける「魂の声」の世界に身を委ね、その深い響きを感じていただければ幸いです。

 

 

安藤榮作 「魂の声」

 

60 歳を過ぎたあたりからだんだん魂の声に従うようになってきた。

生きていく中で、物事の決断は思考や感情が基準になる事が常だが、実は最も重要な羅針盤は魂の声かもしれない。

 

僕は小学生までは魂の声がよく聞こえていて、それを基準に生きていればいいんだと思っていた。

でもまあ子供は大人達の言う事には逆らえず、大人の思考や感情に従わざるをえない。そんな事を続けているうちに魂の声の扉は徐々に閉まっていく。

 

中学生になって社会性を要求され集団的思考の洗礼を受け、思春期から大人になるに従い、多くの人が社会で言われている事イコール自分が考え思っている事になり、魂の声は自分の身体の遥か奥に仕舞い込まれ、微かなノイズとして処理されるようになる。

しかしそれは時たま、夜の静寂や電車に乗って車窓を眺めている時や 1 人街を歩いていて突然風に吹かれた瞬間にモールス信号のように働きかけてくる。「お前は本当にこれでいいのか?魂は納得しているか?」と。普段魂の声が聞こえなくても消滅したわけじゃない。

多くの人が人生の様々な場面や岐路で突然その蓋が開いて魂の声が全身を駆け巡る体験をしたりする。

 

僕はちょうど 50 歳の誕生日の直前に東日本大震災が起き、地震津波そして原発事故で被災し福島県いわき市から奈良県に避難移住した。

思い返せばあの日がそれまでの僕の生き方在り方がリセットされた時で、瓦礫の平原で受け取った「これからは全てにおいて次元を超える真心の周波数を軸に生きていきなさい」と言うメッセージが僕の魂の声の扉が再び開いた瞬間だったのかもしれない。

そういう意味で 311 という数字は僕にとってはウエイクアップコールナンバーになっていて、今も大事な決断をした瞬間に 311 という数字が目の前にあらわれたりする。

 

あれから 15 年、僕は徐々に魂の声と共に生きるようになり、65 歳になった今は長い間の思考や感情で構築され固まりかけていた生きる知恵や拘りや思い込みを手放して魂の声に全権を委ねるようになった。

そして不思 議 なことは、 たった今この時代、何か同じように感じ 思い 始めている人が 増えてきている 感じがする。

もしかしたら、魂の声を羅針盤に生きる在り方そのものが世界全体に起き始めているのかもしれない。人類自体がそういうフェーズにシフトし始めているのかもしれない。

 

僕は去年から発表のたびに展覧会の表題に「魂の帰還」と付けて来た。

それは今生、地上に生まれる時に交わした魂との約束を思い出し、魂の声と共に生きていく安堵感やフィット感や歓喜を感じて生きて欲しいという願いだ。

最近ふとそんな事を感じたりする。

 

 

「安藤榮作 展 《魂の声》」

2026年7月2日(木)〜7月27日(月)

ギャラリーTAGA2

月〜金は13:00〜17:00、土は13:00〜19:00

水 日 祝日は休廊

* 7月25日(土)は16:00よりトークがあるため一般観覧は16:00までとなります。

7月25日(土)16:30〜18:00 アーティストトーク

参加費1500円(最新版ブック付き)

会場 ギャラリー裏のカフェRoomer

ギャラリーTAGA2

〒157-0072

世田谷区祖師ヶ谷1-34-2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

安藤榮作 展覧会情報

 

 

ZINARI Ⅱ 安藤榮作・来田広大・吉田重信

開催場所:楓ギャラリー(大阪市中央区上本町西1-4-20)

開催期間:2026年7月21日(火)〜8月1日(土) [月曜休廊]

開催時間:12:00〜19:00(最終日16:00まで)

アーティストトーク:7月31日(金)18:00〜 参加費1000円(先着40名様まで/予約不要)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6月17日から29日まで、小田原ギャラリーNEW新九郎にて、「斎藤泉展」が開催されました。画家・齋藤泉さんは、故彫刻家・齋藤シモン氏の伴侶として長年創作活動を支え、その豊かな芸術世界を最も身近で見つめてこられた存在です。そしてシモン氏の逝去後は、自らも彫刻という新たな表現へ歩みを進め、独自の世界を築き上げてきました。

 

本展では、絵画と彫刻という異なる表現が一つの空間の中で静かに響き合い、互いの存在を引き立てながら美しい調和を生み出していました。平面作品に宿る繊細な色彩や静謐な気配は、立体作品へと呼応し、鑑賞者は作品を「見る」のではなく、その空間そのものを「体感する」ような感覚へと導かれます。そこにはインスタレーションならではの豊かな奥行きがあり、一歩足を進めるたびに新たな表情が立ち現れ、作品と空間、そして鑑賞者との対話が静かに紡がれていきます。

 

会期中には、齋藤シモン氏の命日を迎えました。その特別な時間を分かち合うかのように、多くの人々がギャラリーを訪れ、それぞれが作品と真摯に向き合う姿が印象的でした。

会場を満たしていたのは、華やかな賑わいではなく、作品に寄り添い、静かに語りかけるような穏やかな時間。その空気に身を置いていると、まるでシモン氏もまた、この空間のどこかで泉さんの新たな歩みを優しく見守っているかのような気配を感じずにはいられませんでした。

 

写真を撮りながら私が強く感じたのは、作品は単独で存在しているのではなく、光や影、展示空間、そして鑑賞者の視線までも取り込みながら、一つの「場」として完成しているということです。そこには、長い歳月をともに歩んだ二人の芸術家の記憶が静かに息づき、言葉を超えて心に響く、美しく余韻に満ちた展覧会でした。