今日の一枚・・・ 四谷シモン、機械仕掛けの作品2 1984年 | Jun Photo Diary

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写真を媒体に旅、日常での出会いの記録を綴ります。

本日掲載の作品は、先日亡くなられた写真家篠山紀信が1980代に四谷シモンの作品を撮影した写真を岡部版画工房で版画化された一枚。

その作品の存在は以前から知っており、いつかは欲いと思っていた矢先、昨年縁があって手に入れることができました。

作品の下には、篠山紀信と四谷シモンのサインも入っており、一時代を作り上げた二人の作家の作品を見つめてしまいます。

 

 

 

 

四谷シモン、機械仕掛けの作品2 1984年

 

 

 

 

 

 

 

四谷シモン写真集から

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四谷シモン

 

四谷シモンは1944年東京都生まれ。タンゴの楽師である父、ダンサーの母という芸能一家で育ち、小学生の頃から人形をつくり始める。10代半ばで人形作家・川崎プッペを訪ね、17歳の時に一時、ぬいぐるみ人形作家・水上雄次の内弟子になる。歌手のニーナ・シモンが好きだったことから「シモン」の渾名がつく。65年、雑誌『新婦人』に掲載されていた、澁澤龍彦の紹介によるハンス・ベルメールの球体関節人形を見て衝撃を受け、それまでの人形制作方法を捨てる。人形とは「人のかたち」であり関節で動くもの、人形とは人形そのものであると悟り、以後、独学で球体関節人形の制作を始め、新しい人形表現の地平を切り拓いた。67年、唐十郎の状況劇場の芝居『ジョン・シルバー新宿恋しや夜鳴篇』に女形として出演。68年3~6月にかけて、状況劇場の紅テントの芝居『由井正雪』に「的場のお銀」役で出演する。この時から「四谷シモン」の芸名を使う。71年まで状況劇場の役者として活動。現在は日本における球体関節人形の第一人者として、国内のみならず海外からも高く評価されている。