安藤栄作展 『子供たちが教えてくれたこと』・・・ | Jun Photo Diary

Jun Photo Diary

写真を媒体に旅、日常での出会いの記録を綴ります。

安達太良山編の途中ですが、本日は何度となく本ブログでも紹介している

彫刻家安藤栄作さんの東京銀座での個展情報です。 

昨年は、東京都美術館での大作を見せて頂きましたが、久しぶりのギャリルー

志門さんでの個展、イスラエルによるパレスチナガザ地区への攻撃を起点に沢山の

子供達が犠牲になってしまったことを起点に始まったガザの子を刻む行為・・・

是非個展会場で安藤栄作さんの思いを感じて欲しいと思います・・・







安藤栄作展

『子供たちが教えてくれたこと』





ギャルリー志門

2015年11月23日(月)~12月5日(土) (日曜日休郎)
11:00 ~19:00(最終日17:00まで)

トークセッション
安藤栄作(彫刻家)×岡村幸宣(原爆の図丸木美術館学芸員)
11月28日(土)14:00~1530








以下、個展DMのメッセージより・・・



 イスラエルによるパレスチナガザ地区への攻撃が始まったのが約1年半前。一般の人に混じり沢山の子供も犠牲になった。自分が東日本大震災の被災者だったからだろうか、僕は攻撃て亡くなっていく子供たちのことを他人事として忘れてしまう自分がいやで、犠牲になった子供の数だけ小さな人型を刻むことにした。刻み始めた日、僕の中に流れ込んできたのは父親たちの悲しみや怒り、憤りや子への愛おしさだった。2人の子の父親でもある僕は、その想念に適応してしまい、もの凄く息切れし、一体刻むごとにゲッソリ疲れていった。毎日その想念に身を置くうちに自分の意識が平和な日常から遊離し、家族と話が合わなくなっていた。このままこの行為を続けていたら自分が壊れてしまうかもしれない、作り続けることは無理かもしれないと思った。

 刻み始めた当初、犠牲になった子供の数は30人ほどで、僕は頑張ればなんとかその数でたどり着けると思った。ところが一週間後には50人、一ヶ月後には100人、半年後にはイスラエルの子数名を含み500人以上の子が犠牲になっていた。僕の人型を刻むスピードは子供達が亡くなるスピードにとても追いつけず、僕は見果てぬ地平を見るように途方にくれた。僕は500体をひとつの目標にし、本来自分の制作や発表の合間をぬって細々と刻む行為を続けた。子供たちを刻み続ける中で、僕の意識はいつしかガザの子から世界中の過酷な状況に置かれている子、原発事故のあった福島の子、平和な社会の影で虐待に苦しんでいる子、そして今は大人になった僕ら自身の内で理不尽な我慢を強いられている子供の魂へと広がって行った。いつのまにか最初の一体を刻んでから1年がたっていた。この個展のDMの写真を撮るためにアトリエの床に並べた子供たちを数えたら550体を超えていた。一体いつ500体の峠を越えていたんだろう。

 ガザの子を刻むことから始まったこの行為は今も続いている。いつまで続くのか、この行為にどんな意味があるのか自分にもよくわからない。ただ1つ確かなことは、この1年半子供たちを刻み続けたことで、ガザのことを1日も忘れなかったということ。







                             安藤栄作/彫刻家