父がお世話になった老人保健施設では歩行が不安定な利用者は車椅子での行動が原則になっているようでした。
バリアフリー化された施設での車椅子生活は怖々と杖持ちですり足歩行していた父には歩く事から解放され、逆に車椅子であちこち動き、ダメな時は職員さんが介助してくれる事に快適さを感じているようでした。
その反面、『食事が酷いんだよ😭』と泣きながら訴えるほどお粗末でした。
ある時、食事時に面会に行った時のメニューは白米、味噌汁、真っ黒な醤油色に煮付けられた大きめの大根でした。
少し悲しくなったのを覚えてます。
おかずの差入れは禁止になっていましたので、お部屋で食べられるおやつやスイーツ系の差入れをしました。
たまに母と一緒に面会に行きリハビリの様子を見学していると、元気そうに無邪気にニコニコしている母を訝しそうに見ている父でした。
母が病気になり、とてつもない症状で迷惑や意地悪(いたずら)をされ、母に世話をされる安泰な老後人生計画が壊れたとでも思ってるのか…
私に対する表情の違いに病気の母を受け入れてない事、ちいさい!と思ってしまいました。
長男で明治生まれの祖母に大事に持ち上げられて生きて来た為、世話になるのは当たり前、良きに計らえのバカ殿祭りなところが私はきらいでした。姑、小姑が母をいびってもかばう言葉を言えない気弱な父に子供ながらイライラしました。
そんな父でも学費も含め成人まで不自由なく育てられたのでできる事はする気持ちでした。
ただ80歳を越えると精神力が衰えるのか、もともとメンタルが弱いのか、自分の不幸で頭がいっぱい、少し鬱になっているようでした。
発症初期にまだら状態で認知症になってしまった事を悔やんでいた母が徐々に病気に侵食されたのか?悔やみ愚痴を言わなくなり、天真爛漫に日々を生き、まともであった父が鬱っぽくなるという現実。
ワンオペ在宅介護はまだまだコレから。何が起こるか予測不能をおそれる暇もなく両親を支える事に全集中の私でした。