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jun08301008さんのブログ

昨年末に終わってしまった15年に渡る前頭側頭型認知症の実母の1人在宅介護、実母の激しく奔放な性格変化の中にも明るく可愛げのある人間味に救われてきた介護記録

  老人保健施設での生活が慣れてきた頃、父が熱発を起こしたとスタッフの方から連絡がありました。

当時の私は、老人の体調あるあるには疎く、熱が出た事誤嚥性肺炎という高齢者の最多死因であることすら知りませんでした。

とり急ぎ、老健さんに行ってみると、父はもう系列の病院に診察に運ばれていて、入院治療が必要だが満床なので別の病院で入院してもらうとの事でした。

初めての病院でしたが、土地馴染みはある浅草の病院でお世話になりました。

高齢だったため担当医により、治療で手をつくしますが、年齢的に何があるかは分からないので一応の心づもりをする様にとは言われました。

唐突な事だったのと、そんなに早く生命の危機にもなるものなの?とピンと来ないのと同時に自分の心がボーッと重く不安な感覚になったのを覚えています。

母と当時の父のケアマネと父の様態を案じる1夜が明けると、病院の方から発熱については落ち着いたとの連絡がありました。

私は、今考えるとなんで?と思うのですが、父に栄養をとクリームシチューを作って差し入れました。食べていいかも分からないのに。そもそも誤嚥とはなんぞやが分かっていませんでした💦

父の病室に行くとトレーにゼリーみたいなものがのっていました。看護師さんに、シチューについて尋ねると意外でしたが、『お父さんが食べたいのなら少しずついいですよ』と言われ、父は勢いよく食べていました。

母には、父の入院については話したものの分かってはいるようですが、あまり心配の様子やお父さん大丈夫かな?という感じはなくマイペースにお出かけを日課の如く励んでいました。

母の病状は数値や身体に目に見えて現れないので、母の行動や現象を繊細に見ている事が大切です。感情的に爆発してしまいそうな事もたくさんあります。言葉じゃなくて病気特有の普通はしないでしょぉぉぉぉと驚愕してしまうこと。でもそれは本人にもしたい事ではなくて病気がさせてしまった事だと後になって分かります。

母の帰りを待ちながら実家にいた私の携帯に警察より電話が入りました。

歩いて7.8分の場所で母がタクシーを無賃乗車して運転手から通報があったので来て欲しいとの事でした⁉️

エッ〜とどういう事ぉーと慌てて😱現場に向かいました。

到着すると現場は大変なことになってました。

7.8人の警察官に追っかけられてる母がいました。

ビックリしてボーッとその光景をみるとすばしっこい母が走り回り、掴まえようとする警察官が振り回されていました。急いで母のもとに行くと、走るのをやめました。母はたぶん恐かったのだと思います。この頃もう言葉での説明がヘタになっていたので逃げ回る事でしか自分を守れなかったのかも知れません。

警察官の1人から事情を聞きタクシー料金を支払い謝りました。

こんな大袈裟に警察官が出動する案件なのか疑問でしたが、警察官は認知症なら服に名前や連絡先を縫い付けておいてと強めに言われました。首から下げるカードケースに書いてあるのはダメだそうです。

認知症に対してめんどくさいような態度の警察官に嫌な気持ちになりました。

母は一瞬自分の家の住所が分からなくなったのか?タクシーがルートを違う所から行ったのか?今までは自宅前にタクシーを止めて『ただいまぁーお金払って』と帰って来ていました。

少し、病状が進んだのだろうか良くなることはないのだから凹んではいられません。

母の手を繋いで、夕方、家路を急ぎました。

  ちょうど、母の介護を始めた頃、今で言う推し活(私の場合ライブ参戦とお茶の間応援)を思い切って始めた頃でした。

ダンスに推し活になんて普通の主婦でも遊んでると言われそうですが、元職場の年下同僚女子に『人にどう思われるかより人生1度なんだから楽しんでみるべき!』と背中を押されました。

  当時国民的スターグループの階段を駆け上がっていた嵐にデビュー当時からお茶の間ファンであった私は、母のスイミングクラブの付き添い中に松潤のラジオを聴き、ライブへの想いを馳せていて、とうとうFC入会、なんと!10周年𝐀𝐧𝐧𝐢𝐯𝐞𝐫𝐬𝐚𝐫𝐲ライブ5×10国立に当選🎉

母にお留守番シュミレーションを何度もしてもらい、参戦🔥

ライブ前と終了直後に母に電話をし、留守番の無事と生存確認をしました。

嵐の初ライブは、ビギナーズラックが起こりアリーナ席で櫻井翔くんはトロッコに乗って近くに来るわ、松潤は花道からお手振りもらうわ、明るく前向きになるパワフルな楽曲とダンスや豪華な演出に現実を忘れる夢の世界が私にエネルギーチャージをしてくれました。嵐に出逢いライブでもらうエネルギーはメンタルの解放と自然に前向きに生きる気持ちを与えられ、この後も当選の女神が微笑んでくれた時はなんとか参戦でき、ワンオペ在宅介護生活を支えてくれました。


  ライブ終了後の母への電話では『早く帰ってこーい』となんだかちょっとさみしかったかなぁ?とかわいらしく思いました。

千駄ヶ谷駅から国立参戦のファンたちとすし詰めになりながら、最寄り駅までなんとかたどり着くと10時過ぎ頃になってました。

母が待ってる自宅に着くと、大音量でテレビを観ながら、ソファに腰をそっくりかえらせ、両脚をテーブルに乗せて、ふてぶてしい様な態勢で、待っていてくれました。徘徊せずにこの時間までお留守番していてくれただけで御の字です。

嵐ライブで大満足な私には、母にお留守番のお礼を言い、お茶とお菓子でご機嫌をとりながら、嵐の話を母に喋り続けました(笑)

  突然ですが、私は抜かして、世の中高年以降の女性の多くが、ある程度の預貯金があるからなのか?買い物の決断が早く、欲しいものは速やかに購入する買い物好きの印象がありました。

母もご多分にもれずでした。

自営業でしたが、給料制だったので、ある程度の預貯金や買いたいものを自分の収入の範囲で買っていたようです。

前頭側頭型認知症になってからの性格変化はあったもののお買い物好きは変わりませんでした。

病気のはじめの頃は、お財布を持って、外出という名の徘徊をして、病気前から行きつけの上野の坂屋さんでTシャツを10枚も1度に買って来たりしたので仕方なく親戚の女性陣に意味なくプレゼントしました。そんなことがあってから、財布は持たせず、携帯を首から下げてもらいました。

 母はお買い物にはお金の支払いが必須な認識はずっと持っていたので、よく言われるような認知症による万引きなどは私の知る範囲で1度もありませんでした。


家に電話があり、行きつけの坂屋さん催事場売り場から下着をお取り置きしていますがいかがしますか?1週間が経ったので連絡しましたとの事。事情をお話しして謝り、お取り置きを解除してもらいました。

  お隣のおばさんと選挙に行った帰りに、白レースのオシャレジャケットが欲しいとお金を借りてまで買って来ちゃったり、昔から行っていたスーパーで色々と商品をスーパーのカゴに入れてレジに並んで、お財布を忘れたからこのまま取っておいてと言い残し家に帰る間にお買い物した事を忘れてしまったりと…。

運がいい時は母を探しに行った私と途中で会い、覚えていて一緒にお支払いに行ったりとまぁ回収出来ることから出来ない事まで色んなバージョンがありました。

  スーパーでは、母はマークされていたようで私が1度事情を話し謝り、連絡先を伝えましたが、もう来ないようにしてくれと言われました。私が言っても母は忘れてしまうので、来たら追い返してくださって結構ですとお願いしました。ご迷惑をおかけしてるのは変わりないのですが万引きはしない(お金を払う観念を忘れない)事だけは救いでした。

変わったところでは、あまり行かない日暮里という駅まで行ってしまいナビで見守りつつも、なかなか同じ地点で動かなかったのでタクシーで迎えに行ったところ、ある和菓子屋さんの前で母が立っていました。『お母さん!』声をかけると『遅かったじゃなーい』と言われました。⁉️

母は、頭の中で勝手に私と待ち合わせしてたみたいでした。

母は踵を返しお菓子屋さんに入っていき大きな紙袋🛍2つ出てきました。

買ったらしくお金の支払いは娘がと言っていたようです(すんごい口からでまかせ😮

断るには、包装も出来ていてムリと思ったのでお支払いしました。確か5000円前後だったのでまぁいいかと。

私が来なかったらどうなってたんだろうホントに憎めないなぁーと思いながらも即効、母の手をつなぎ、速やかにタクシーに飛び乗りました💦