父の急性期病棟での治療は思っていたより順調に回復してくれました。
病院に行くたびに、おやつの差し入れを持って行く程になりました。
担当医師から急性期は終了したので、すぐに日常生活は大変だから療養病棟での生活をしたらどうかと提案を頂きました。
1つ転棟の条件があり、栄養を補う為の中心静脈栄養(常時針を留置する点滴)を付ける事でした。父の食欲から必要不可欠とは思わなかったのですが、今、自宅では栄養管理も出来ないので、父の了解を得て設置して頂きました。
年齢相応のお粥と食べやすくしたおかずの経口摂取と両方合わせたお食事で過ごしました。
やはり、良くはなっても、誤嚥はある様でたまに微熱を出す事もあり、即刻食止めになる事もありました。
療養病棟には入院期限があり、3ヶ月を目処にある程度安定した状態になると転院か退院となるとのことでした。
私にとってこの病院探しがかなりの困難な事になりました。
母については、前回お伝えした逃走中事件から、タクシー帰宅が困難事案をケアマネに相談しました。
日中、私1人で母にずっと付きっきりとか、徘徊尾行は無理という事。普通のデイサービスでは、母の様な動きが激しく暴言もしてしまう症状は対応しきれない事から当時、認知症専門の小規模多機能型居宅介護が唯一近くにあり、見学に行く事を紹介してもらいました。
その施設はちょうど母が徘徊するテリトリーの近くにありました。
ケアマネさんの会社の関連施設で、初めて知った認知症対応の施設で小規模多機能型居宅介護?という感じでした。
母を連れてその施設に伺うと、リビングに高齢者の方々が座っていて、トロンとした空気感がありましたが、面接のお部屋にすぐ案内され、所長という男性が助手らしき男性といらっしゃいました。
『初めまして』と挨拶をしてすわられると、母の顔をニコニコ見ながら、『僕、おかあさん知ってますよ』と言われました。しょっちゅうこの界隈を徘徊してはいるので通りすがる事もあるのかな?と思いましたが、どうやら母の事を今の様にニコニコと見ていたのならもしかして…
『バカヤロウって言いました?』と聞くと図星でした。
所長はその時、仕事柄、母を認知症かもと思ったようでした。
母はこの時は所長の事はもちろん前に会った事も覚えてはいませんでした。なんとなくイヤな感じはなく、普通のデイサービスよりも母の様な症状に対応力がある様なのでお世話になる事にしました。
日中、その施設に行ってスタッフの方々と利用者さん達とごはんを作って食べたり、3時のおやつを食べたり、お散歩に行ったりと日常生活やる事を見守られながらするという内容のものでした。
まずは、母がスタッフさんやその場に慣れるまで短時間でお昼ご飯を食べに行く事からでした。
スタッフの方が母を家まで迎えに来て、母は素直には行かないので、色々おしゃべりをしながら、近所の神社に行きましょうと誘い出し、お腹空いたからみんなとご飯食べましょという感じでした。
母は1人での徘徊は得意ですが、基本的に人好きなので誰かと一緒に散歩するのもきっと安心感が持てたと思います。(私とは日常的に散歩、買い物はしますが)
ご飯を食べて、みんなでお皿など片付けてホッと腰掛けているみんなの中でじっとしてられない母(病気の症状で落ち着きがない)は『帰るわねえ』と言って施設から飛び出そうとするらしく、担当のスタッフさんが追いかけてくれて家まで送ってくださいました。
この様な感じで週3回くらい(母が施設やスタッフさんを忘れない位の間隔)通うようになり、少しづつ施設に居られる時間が長くなる様にと計画されていました。
日々の記録を小さなノートに書き記してくださり、バイタル、ご飯内容やどのくらい食べたか、エピソードなどが分かりました。
私も慣れるかなぁと心配もありましたが、スタッフの方々は様々な症状で色んな発言や行動をする認知症の利用者さんに対してたしなめたり、怒ったりは絶対にせず、1人1人にあった対応をしてくれてます。
なので人として認められてる実感(認知症に理解がない普通の高齢者対応施設は目立つ行動の利用者を受け入れない)と信頼関係が出来ていくようです。
母の担当スタッフさんは、活発な行動が特徴なのを考慮して若い元気がいい女性スタッフさんになりました。
迎えに来てくれる事が嬉しいのか、恐縮してるのか徐々に素直に出掛けるようになりましたが、症状や気持ち(不穏になる事)の変化もあり、施設の扉の前では入るのを躊躇う事もあるようでした。
なかなか根気が必要ですが、私にとっては、母の事を一緒に考えて、アドバイスをくれたり、具体的に助けてくれる人達と場所が出来た事で心が少しホッとした思いでした。