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jun08301008さんのブログ

昨年末に終わってしまった15年に渡る前頭側頭型認知症の実母の1人在宅介護、実母の激しく奔放な性格変化の中にも明るく可愛げのある人間味に救われてきた介護記録

   色んな病院をみてこれぞが見つからず療養型病院の面接に行く気力がなくなり、医療連携室の方に相談しました。

⑴こんなにも安心出来ない病院しかなくてもどこかに決めて転院しなくてはならないのかと思うと苦しいという事。

  ⑵新たに面接に行ける病院を探して欲しいということ。

⑶ 決まるまで自宅には戻れないので父の入院を延ばして欲しい事。

  アドバイスの案として老健を利用期間を延長しながら病院を探すという案で面接に行ったのですが、父が高齢な事、1度誤嚥性肺炎を起こしている事でショートステイ利用が難しいと言われました。

"なんだ?ソレ😡”

健康な人なら自宅で生活してるンだよって思いました。


そんな気持ちの停滞期間を経て、医療連携室の担当者の方から連絡が入りました。


以前、電話で問い合わせをしてここならおまかせ出来そうという印象だけど満床で断られていた病院にたまたま担当者が再度連絡をしてくださっていました。

すると空きが出たという事で面接をしてくださるとのことでした。

私が以前、その病院とお電話で話した時、担当者の方がとても私の話を親身に聴いてくれ、ベッドが空いていたらぜひ来ていただきたいのですがといわれた病院でした。

面接に行ってみると、病棟の責任者という看護婦長さんがお話しをしてくださいました。

その方のお話しの仕方からすると以前電話で話してくれた方のようでした。

入院には、父がしてるIVH(中心静脈栄養)をとって経口摂取での食事が出来ることのみでした。

希望であれば終身というお看取りまで入院出来るとのお話しでした。

条件はクリア出来ることなので、入院の申し込みをさせていただきたいと伝えてきました。

新しい転院先は自宅から40分以内でJRで行け、病院自体は前からその地にあり、地元に根ざしていながら、建物を新築してから1年という環境、設備は安心であり、面接でお話しした婦長さんは年配の方で経験が豊富、患者さんに真摯な考え方を持っているのが分かりました。

その日のうちに医療連携室の担当者と父に伝えにいきました。

行き詰まった閉塞感が続いた期間からやっと私の中のモヤモヤがスーッ晴れていきました。

  当時、療養型病院は政府的に縮小傾向にあったと記憶しています。

父にとって退院して母と一緒に生活をするのは、今の脊柱管狭窄症を患い、肺炎は快復しても一人で生活に関わる色んなことを出来る状態ではない事は想像に容易いことでした。

私の負担は恐ろしい事になるのは目に見えていたし、元気で加減知らずの母といて怪我でもして万が一の事があってもいけないので、父に理解を求め、退院自宅ではなく療養型病院への転院を了承してもらいました。

ネットで片っ端から都内の療養型病院をピックアップし、検討、入院病院の医療連携室の方に相談し、面接に行く病院を絞りました。

いざ面接では病院は患者の状態とか支払いは大丈夫かとかみるかと思いますが、こちらも、どんな病院か、医師、看護師、設備、病院の雰囲気、入院患者さんなど聞かなくても感じ取れるものはあります。


やたらと病院らしくないピンクの壁にロココ調の家具の面会室があったり、かと思えば病棟は何かの臭い(排泄物)を隠す為に変な匂いを被せてるみたいな空間になっていて面会室の広さとは対称的に狭い病室にベッド6人分が詰め込まれていたりでした。この対比を見て何かおもて面と内ヅラの大きな乖離を感じ『ないな』と思い、道すがらリストから消しました。


1日、1病院位しかみれないし、私1人で回るのと、決めなくてはならないのがきつかったです。

でも父の生活のクオリティに関わることなので納得してお願い出来るところが見つかるまでと探しました。


  すごく親身に対応してくださる担当者さんだったけど、病棟、病室が野戦病院の様に陽に焼けた白だったかも?のカーテンが大きく風にはためいていてエアコンで室温管理してないの?って思ったところ。


  具体的にいつから入院できますと提示してくださり病院環境も悪くないけど、行く為に何回も乗り換えて、車がないと難しいところ。


  場所も近く、病院の環境も雰囲気も良いけど(外観と、外来だけ見て来た)満床で面接も行けなかったところ。


  面接の中で深夜に急変したら、看護師1人だから救急病院への搬送治療は出来ない事を書面で了承してもらうのが条件と言うところ

ここに関しては入れてあげる感、そして何度も説明してるのか?かなり事務的?いえ無機質な口調だったのが不快でした。

色んな病院があるのは当然なのだろうけど、最後の病院は、生命を最初から半分諦めろと言われた様で帰りがけ、涙が溢れ出て来て、重苦しい徒労感に襲われたのを覚えています。

  

そんな時でも家に帰れば、子どもの様に活発な母がいる事で、やれごはん、買い物と嫌な思いを引き摺ることなくメンタルの転換になりました。

母は身体を動かすことが好きなので、一緒に行ける区のシェイプアップ体操に週12人で行きました。

参加者はほぼお昼時ヒマしてる60歳以上80オーバー位がメインで私でも最年少でした。

母は病気になってからは特に音楽がかかると自然に踊りだす位、タガが外れた様に陽気で先生の指示もこの時は同年代の方よりもちゃんと身体が動いて楽しめているようでした。

帰り道には、カフェでコーヒーを飲んで

ひと休み。なんでもないけど、当たり前には続かないだろうこのルーティンが少しでも長く続けばと母の病気の行く先が分からないこの時の囁かな癒しタイムでした。

  父の急性期病棟での治療は思っていたより順調に回復してくれました。

病院に行くたびに、おやつの差し入れを持って行く程になりました。

  担当医師から急性期は終了したので、すぐに日常生活は大変だから療養病棟での生活をしたらどうかと提案を頂きました。

1つ転棟の条件があり、栄養を補う為の中心静脈栄養(常時針を留置する点滴)を付ける事でした。父の食欲から必要不可欠とは思わなかったのですが、今、自宅では栄養管理も出来ないので、父の了解を得て設置して頂きました。

年齢相応のお粥と食べやすくしたおかずの経口摂取と両方合わせたお食事で過ごしました。

やはり、良くはなっても、誤嚥はある様でたまに微熱を出す事もあり、即刻食止めになる事もありました。

療養病棟には入院期限があり、3ヶ月を目処にある程度安定した状態になると転院か退院となるとのことでした。

私にとってこの病院探しがかなりの困難な事になりました。


   母については、前回お伝えした逃走中事件から、タクシー帰宅が困難事案をケアマネに相談しました。

日中、私1人で母にずっと付きっきりとか、徘徊尾行は無理という事。普通のデイサービスでは、母の様な動きが激しく暴言もしてしまう症状は対応しきれない事から当時、認知症専門の小規模多機能型居宅介護が唯一近くにあり、見学に行く事を紹介してもらいました。

その施設はちょうど母が徘徊するテリトリーの近くにありました。

ケアマネさんの会社の関連施設で、初めて知った認知症対応の施設で小規模多機能型居宅介護?という感じでした。

母を連れてその施設に伺うと、リビングに高齢者の方々が座っていて、トロンとした空気感がありましたが、面接のお部屋にすぐ案内され、所長という男性が助手らしき男性といらっしゃいました。

『初めまして』と挨拶をしてすわられると、母の顔をニコニコ見ながら、『僕、おかあさん知ってますよ』と言われました。しょっちゅうこの界隈を徘徊してはいるので通りすがる事もあるのかな?と思いましたが、どうやら母の事を今の様にニコニコと見ていたのならもしかして

『バカヤロウって言いました?』と聞くと図星でした。

所長はその時、仕事柄、母を認知症かもと思ったようでした。

母はこの時は所長の事はもちろん前に会った事も覚えてはいませんでした。なんとなくイヤな感じはなく、普通のデイサービスよりも母の様な症状に対応力がある様なのでお世話になる事にしました。

日中、その施設に行ってスタッフの方々と利用者さん達とごはんを作って食べたり、3時のおやつを食べたり、お散歩に行ったりと日常生活やる事を見守られながらするという内容のものでした。

まずは、母がスタッフさんやその場に慣れるまで短時間でお昼ご飯を食べに行く事からでした。

スタッフの方が母を家まで迎えに来て、母は素直には行かないので、色々おしゃべりをしながら、近所の神社に行きましょうと誘い出し、お腹空いたからみんなとご飯食べましょという感じでした。

母は1人での徘徊は得意ですが、基本的に人好きなので誰かと一緒に散歩するのもきっと安心感が持てたと思います。(私とは日常的に散歩、買い物はしますが)

ご飯を食べて、みんなでお皿など片付けてホッと腰掛けているみんなの中でじっとしてられない母(病気の症状で落ち着きがない)は『帰るわねえ』と言って施設から飛び出そうとするらしく、担当のスタッフさんが追いかけてくれて家まで送ってくださいました。

この様な感じで週3回くらい(母が施設やスタッフさんを忘れない位の間隔)通うようになり、少しづつ施設に居られる時間が長くなる様にと計画されていました。

 日々の記録を小さなノートに書き記してくださり、バイタル、ご飯内容やどのくらい食べたか、エピソードなどが分かりました。

私も慣れるかなぁと心配もありましたが、スタッフの方々は様々な症状で色んな発言や行動をする認知症の利用者さんに対してたしなめたり、怒ったりは絶対にせず、11人にあった対応をしてくれてます。

なので人として認められてる実感(認知症に理解がない普通の高齢者対応施設は目立つ行動の利用者を受け入れない)と信頼関係が出来ていくようです。

母の担当スタッフさんは、活発な行動が特徴なのを考慮して若い元気がいい女性スタッフさんになりました。

迎えに来てくれる事が嬉しいのか、恐縮してるのか徐々に素直に出掛けるようになりましたが、症状や気持ち(不穏になる事)の変化もあり、施設の扉の前では入るのを躊躇う事もあるようでした。

なかなか根気が必要ですが、私にとっては、母の事を一緒に考えて、アドバイスをくれたり、具体的に助けてくれる人達と場所が出来た事で心が少しホッとした思いでした。