純です^^;


いやー全然更新できてませんでしたねorz



中間試験があったり、急にパソコンが壊れたり…

まー、なんだかんだありまして!(言い訳)



しかもここ最近、ストレスからか過呼吸の発作がよく現れるんですよ



こないだも(3、4日前?)学校近くの駅で、友達の前で過呼吸になっちゃいまして(あらら)

今まで自分の部屋や誰も見ていない帰り道とかだったので、

自分でもある意味びっくりといいますか(´`;)(はぁ~)



私って、学校だとかなり明るくで元気でうるさくて…

ってキャラなんですよ(自分で言うなよって感じですが笑)


見た目も他の子と比べると、チャラチャラしてるような印象で(きっと)




私の学校の校則は、いまどき珍しすぎるぐらい厳しくて


化粧はもちろん、スカートはひざ下だし、携帯も禁止、頭髪も染めるの禁止、肩についたら2つ結び、さらに長くなれば三つ編・・・みたいな(´・ω・`)



ほとんどの子は守ってるんですが、やっぱりどうしても私には無理で



どうして綺麗になる努力を否定されなきゃいけないんだろう…


そういう思いが強くて




結果、校則はかなり破りまくっておりまして(おい)




別に、反抗したいとかじゃないんです


ただ、自分のコンプレックスが許せないんです


少しでも自分をよく見せたい。 そう思うのは間違っているんでしょうか?




やっぱり純も年頃の女の子なわけで


可愛くもなりたし、おしゃれだって大好きです






うん、なんだか話がかなりそれてきましたが(笑)





まあ、簡単に言いますと


私って、校則もそこそこ破っていつもうるさくて

なにごとに対しても、悩みがない楽天家に映ってるんじゃないな


って、ことなんですよ




友達にも先生にも先輩にも




そのほうがいいのかもしれない


何も知られないほうが懸命なんだろうと思う




でもね?



たまに、孤独になるときがあって


誰も理解してくれないんだ




そう感じる時も、正直あるんです



ただ、何も感じずに、先のことも考えずに

生きてるわけじゃない


私なりに、傷つきながら


手探りで生きてて



でも、それをあまり表に出したくないんです



自分の弱いところは、いくらだって見られて構わないんですけどね



やっぱり、家族のことは悪くいいたくないんです


どんなに嫌だって思っても

どんなに恨めしく思ったとしても




まぁ、本音は


表に出したくない んじゃなくて


表に出せない なんですけどね^^;






最近は動悸もよくあるし、疲れると本当に動けないくらいになるし…



もしかしたら自立神経失調症かな~なんて思ってるんですがね、

どうなんでしょう(苦笑)



なんかただでさえ暗いブログなのに、

リアルに病んでる記事ですみません。





まあ!とにかく!


そんなこんなで、あまり頻繁に更新は出来ませんが

中途半端でやめずに、最後まで完結させるつもりですので^^;



長い目で見守っていただけたらな、なんて思ってます




それでは、次回まで

今思えば、これはすでに始まりの合図だったのかもしれない



これというのは、、


先ほどの記事で、無事小学校までは卒業したのに


と書いたけど、実は、無事と言うのは語弊がある




ある暑い真夏の夏休みのこと


小学生の兄は友達と3人で自転車で遊びに行ったことがる



母は兄が熱中症にならないようにと帽子を兄に渡し、


兄も素直にそれを受け取った



すると何時間か後に兄が号泣しながら帰ってきた



たとえ小学生とはいえ、もう高学年なのに。。。




明らかに動揺している兄



どうしたんだろう



顔は真っ赤、汗はだくだく、怒りに震えた肩、泥だらけの洋服






母がどうしたのと問いかけた





私は直接話を聞いていないので、詳しい描写はわからないけど




真夏の暑い中、


自転車で走り続けた兄は、ほかの細身友達と比べて、体力がなくなっていた


だから、友達に「帰りたいんだ」と申し出たらしい



するとその友達は、兄の帽子を取り上げ、嫌がる兄をおもしろがり


兄の頭上でキャッチボールのように投げあって笑っていたという


そして、兄の自転車を蹴って、帰れないようにしてた


足や背中も蹴られた、と





あきれた話だけど、実際あったこと





ただの悪ふざけだと思えますか?



でも、その友達は笑っていたんだって


もう、立派な虐めだよね



悔しくて、悔しくて


地団駄を踏んでた




学校に言って!相手の親にも言って!!


そう叫びながら、兄は泣いていた




もう、友達なんかじゃなかったんだ







それから、卒業する3ヶ月前に


ランドセルをはさみで切られて帰ってきた日もあったっけ…




お母さんがそのランドセルを縫って、兄はそれを背負って学校へ通ってた



「学校に言う?」「もう、いい」



こんなような会話もあった






でもね、そんな兄でも 「友達」って呼べる人もいたの


だから、頑張って卒業したんだよね





卒業式の日



両親に宛てた手紙があって


それは学校側が書かせたものだったけど


すごく淡白な内容に見えたけど


それを受け取った母は



目に涙を溜めて、私に何回も話をしてきたんだ





まだ小学4年生の私は、本当によかったねって思う反面


よく大変さが理解できてなかったし


なんでお母さんがそこまで感動するんだろうって


嫉妬もした


なんだか寂しかったよ




でもね



今ならよくわかる




あのときの兄には、すごく重い卒業証書だったってことが






そういえば、よく中学校に上がる前に


兄がうまくやっていけるのか、母が心配してたこと、今思い出した





心配ってどうして、的中してしまうんだろう






これからが、本当の、波乱の幕開け

私のお兄ちゃんは、本当に手のかかる子供だったらしい




自分で言うのもなんだけど(苦笑)、


私はまったくと言っていいほど、手のかからない子だったし


育てやすい子供だった




それは、兄の対応に困りながらも


子育てに奮闘する母の背中を見ていたからかもしれない…




2つ上の兄は、小さい頃から、


とにかく 落ち着きがなかった




一瞬目を離した隙に、自分の好きなところへと行ってしまう


ひとつのことに集中(固執?)したら、まったく周りが見えなくなる



兄が本当に迷子になったことが過去に3回ほどあるらしく、


その時は母も血眼で捜したとか。。。



とりあえず、本当に落ち着きがなかったらしい(←ボキャブラリーが少ない…orz)






とにかくゲームが大好きで、まだ幼稚園児だというのに


1日10時間なんてザラだった



親がやめろというと、心底怒って、手がつけられなかったらしい




最近、「ゲーム脳」なんて言葉もよく耳にするけど、


本当、兄はそれに違いなかったと、今にして思う





あとは、例えば車



幼い頃は、よく母の実家に 母と兄と私の3人で車で遊びに行っていた



そんなとき、助手席は決まってお兄ちゃん


私がどんなに「今日は助手席がいい」といっても譲ってはくれなかった



頑なに断られたので、私も半ばあきらめていたし


母も、いつも私に我慢させていた



まあ、それで平和に収まるなら、しょうがないと幼心に思っていたしね^^;





それと、いつまで経っても、ちょうちょ結びが出来なくて


小学校卒業までひも靴は履かなかったし、


洋服のボタンを掛けるのも苦手で、不器用だった






そんな不器用さは、手先だけの問題ではなかった




小さい頃から、人間関係には陰りがあった兄



幼稚園の頃は、よく、あのまだ綺麗な肌を、同級生に


傷をつけられて帰ってきた



母は悔しくてたまらなかったと言っている




気は優しいが、不器用で口下手


どこかドンくさくて、運動も得意じゃない






そんな子供だったから、親の心配も一身に受けていたし

逆に、何事にも優等生の私と比べられて育ってきたんだと思う




体系は太っていたし、出っ歯で、チビで…


周りの子供が虐めたくなるような、そんな子供



虐められてちょっかいを出されても


反論すらうまく出来ない、そんな子供






いけないことなんて、何一つしてないのにね




小さい子供は、無知で残酷だ





だから、兄は…





でも、そんな兄でも、小学校までは一応無事に卒業したのに






やっぱり、苦しむ運命だったんだね

まず、何から語ったらいいんだろう…?(苦笑)




とりあえず、、



私の家族構成は 父(53)、母(51)、兄(18)、私(16) の4人家族



父と母は7年間付き合った末に、母が30のときに結婚した

いわゆる晩婚


私と兄は2歳差で、わりと仲はいいほうじゃないかと思う

まぁ、男の子と女の子だから、あくまでドライな関係だけど



父は地元にある観光施設の館長をしていて


私が幼稚園なんかのときには、遠足にいったときには、

少し誇らしかった覚えがある



元々父と母はラブラブという関係ではなく


むしろ殺伐とした関係だったように思う




父の帰りは毎日遅かったし、

私の記憶の限りでも浮気をしていたことがあった


夜中に父と母が言い争っているのを

物陰から見ていたことがある


当時は何のことだか、理解は出来なかったけど




母も男の人にははっきりものを言うことが出来ない節があったので、

つい最近まで給料をいくらもらっているのか

把握できていなかったほどだ



どうせ仮面夫婦なのよ


これが母の口癖だった



私に、「夜の関係が6年も7年もない」と愚痴ったこともある


そのくせ、部屋には収まりきらないほどのビデオや本が散乱していたんだから



今考えれば、母もどれだけ悔しい思いをしたんだろうと、女として同情してしまう







私は特に母にべったりで

朝も昼も夜も、ずっとずっと母のそばにこびり付いているような子供だった


本当に大好きだったし


あの当時は愛情も、痛いくらいに感じていた



そういえば、よく事あるごとに母に手紙を書いてたっけ…


今となっては恨めしいほど、純粋に



お母さん大好き

  お母さんの子供でよかった



これを受け取ったときの、母の喜ぶ顔が何より嬉しかった



だから、私に出来ることは、なんでもしたかった




まあ、このことはまたあとでゆっくり書いていこうかな^^;(長くなりそうだし)





そんな中で、お兄ちゃんは本当に手のかかる子供だった…

はじめまして(・ω・)


純と申しますはい(よろしくです!)


えーっとですね、、

これからこのブログには、私の今までを、少しずつゆっくり語っていけたらな

なんて思ってます。



もちろん、私より苦労している人だって沢山います。


私より苦痛を味わってきた人なんて、星の数ほどいるでしょう。



まだまだ16歳になったばかりの純。


まだまだ未熟なただの子供です。



知らないこと、楽しいこと、辛いとこ、悲しいこと

もちろん、知らなくていいことも、


これから学んでいくんだと思います。



なので、甘い目線で見守ってくれたらな、なんて思います(笑)



ここにこれから書くことは、まだ高校1年になったばかりの

ただの子供の思い出話に過ぎません。


でも、私にとっては

初めての体験で、初めての人間の裏側だったような気がして


正直、辛いときもありました



そんなまだ幼い私には辛く感じた出来事を

いつか立派な大人になった時に、

「こんなこともあったな~」なんて笑って話せるように

立ち止まって振り返ったときに、思い返せるように


忘れないうちに、記していこうと思います




これから、どうぞよろしくお願いします