おせんの写真でこんにちは -385ページ目

気仙沼れぽーと(大島より)

11月25日 気仙沼市街地の対岸正面に位置し、気仙沼湾の入口にある大島に行って来ました。

小学校の遠足で登った亀山(標高235m)に!!


亀山の頂上から見た気仙沼市街地。

(津波の到達した範囲がよくわかります)

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大島の港。

ほとんど流されてしまっています。

亀山には山頂へのリフトがあったのですが、津波により陸に押し上げられた大型船舶がこのリフト乗り場に衝突したため、このリフトは使用できなくなってしまいました。

(私が子供の頃はなかったのでいつかは・・と楽しみにしていたのですが)

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車で通った時、残っている家屋が目にとまりました。

窓にはベニヤ板が張られていました

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友人がお昼に連れて行ってくれた「はま家」さん。

話を聞くと、先ほど目に留まった建物が以前のお店。


ボランティアで片づけてくれた中に詳しい人がいて、壊して建て替えるよりこのままにしておいて、リフォームした方がいいとアドバイスしてくれたそうです。


「はま家」さんの海鮮丼、とってもおいしくいただきました。

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気仙沼れぽーと(気仙沼駅前)

気仙沼駅はとても思い出の深い駅なのでまわってもらいました。


と言うのも、引っ越して行く日、夜7時過ぎにも関わらずクラスの半分位の友人が見送りに来てくれたこと。

その時流れた蛍の光がとても悲しく辛かったのでした。


今、駅舎の方は改装工事中でしたが、横から覗いたホームはそのままの姿を残していました。


この写真は勿論当時はありませんでした。

気仙沼のキャラクター「ホヤぼーや」と気仙沼漁港にあがる「カツオ」「サンマ」「メカジキ」が出迎えてくれています。

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近くでみる「カツオ」
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小さいのが「サンマ」

鼻の先がとがっているのが「メカジキ」

メカジキは市場に上がる時はとがった部分を切り取られ豚の鼻のようになっているそうです

(ちょっと悲しいあせる

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震災で漁師さんの数、船の数が減ってしまい、水揚げ高も減っているとのこと。

魚の町の復興はいつになるのでしょう・・・

気仙沼れぽーと(唐桑番屋)

唐桑町鮪立地区

こんなに穏やかな海が・・

手前に見える空地。みんな持って行かれてしまったのですね。

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「唐桑番屋」

友人が気仙沼に着いた日の昼食に唐桑番屋を予約しておいてくれました。


http://www.karakuwa.jp/

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カキとホタテ3人分です。

手袋をして自分で殻を開けて食べるのですが、これがなかなか力と技のいる仕事で、

でもそのかいあり口に入れるととても美味しく私はそのまま自然の塩味でいただきました。

(これだけの量を食べるとお腹いっぱいでした)


店長さんとお話しすると、静岡の出身者。(清水にも住んでいたことがあるというので話がはずみました)

以下調べましたが「これ」というのがありませんでしたので聞いたおはなしを

震災後人手が少なく水産庁の復興支援プロジェクトの一人として唐桑に漁業をやりに来たとの事。

今度、「静岡県伊豆半島の河津桜100本が気仙沼市唐桑町の御崎地区に植樹」されることになりSBSラジオでも放送があると。


「静岡発 !桜を咲かそう東日本」にてボランティアを募集して12月1日に行われたようです

私は何もしていないのですが、静岡の・・と聞きちょっと嬉しくなりました。



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河津桜です。いつの日か見事な花を咲かせてほしいと思います。


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