こんにちは、
パーソナルスタイリストのじゅんです。
今回はちょっと勇気を出して、
私の“人生の転機”について書いてみようと思います。
夢を閉じた日
私の夢は、美容師になって、
自分のお店を持つことでした。
とても厳しい父の反対を押し切って
初めて自分の意思で選んだ道。
毎日毎日夜中まで練習して、
やっとお客様に指名してもらえるようになって。
成人式のご予約もいただいて
仕事が楽しくて仕方なかった年末に向けて
これから繁忙期に入るというところで___
仕事中に姉から電話
「すぐ帰ってきて。」
車で1時間かけて戻ると
父からこう告げられました。
「明日、家を出る。」
……なんのことかわかりませんでした。
その場で初めて知らされたのは、
父が多額の借金を抱え、
会社が倒産したという事実。
それまで、誰も知りませんでした。
そして大好きだった祖母と兄を残して、
私・父・母・姉の4人で夜逃げ。
洋服も、思い出も、すべて置いて、
タクシーで九州から大阪へ。
夢は、あっけなく、そこで途切れました。
隠れるように暮らした日々と、たった一人の帰路
親戚の家で身を隠すように暮らしていたけれど、
私はどうしても納得できなかった。
たった一人、片道分の新幹線代だけ握って
九州へ戻りました。
そこからは、友人の家を転々としながら
自分の足でなんとか立とうとしていた毎日。
その後、東京へ。
寮付きのバイトを探して、
初めて“夜のお店(ラウンジ)”で働いたりもしました。
当時は本当に、生きることで精一杯だったと思います。
そして母になり、忘れていった“自分”
その後、授かり婚をして、出産。
私は“ママ”になりました。
夢のことも、仕事のことも、
「そんなこと考えてる余裕ないよ」って。
子育てに夢中で、毎日をこなすことで精一杯。
自分が何を着たいかなんて考えることもなくなって
洋服にも、鏡にも、興味が持てなくなっていったんです。
突然、夫が亡くなった日
そんなある日、突然、夫が急逝しました。
頭が真っ白になるような日々。
でも、生きていかなくちゃいけない。
保育園にすぐ行ける距離、土日休み、自転車で通える。
そんな理由で“事務職”を選びました。
パソコンが苦手だった私は、
一から勉強して、14年勤めました。
会社では「仕事ができる人」と言われてたけど、
ほんとは、家に持ち帰って復習したり、
裏で必死だったんです。
「残業しないで帰るには、どうしたらいいか」
「ルーティンをいかに効率よく回すか」
毎日そればかり考えていました。
でもある日、ぷつんと何かが切れたように
会社を辞めました。
起業して気づいたこと
「全部、環境のせいにしてきたんだな」って
起業して初めて気づきました。
整った会社という環境を抜け出してみたら、
自分には何もできないことに気づいて
ボロボロになった。
でも、今ならはっきり言えるんです。
私は、また“自分”に戻ってこれた。
子どものころに蓋をした「好き」って気持ち、
美容師時代に見た、お客様の笑顔。
それをまた思い出せたんです。
形は変わっても、私がやりたかったのは、
誰かの“自信のスイッチ”になる仕事だったんだなって
思うんです。
「もう遅い」なんてこと、ほんとはないんだと思う。
40代。子ども優先、家族優先で、
気づけば自分はずっと「後回し」だった。
そんなママたちに、伝えたいんです。
あなたの中にも、まだ眠ってる“好き”があるってこと。
本当はずっと着てみたかった服。
もういいかなって、諦めたふりをしてきた夢。
鏡の前で、ちょっと照れながら笑う自分。
それ、ぜんぶ、取り戻していいんです。
私がそうだったように。
ファッションは、ただの服じゃない。
自分を大切にする、最初の一歩になることもあるから。
そして私にできるのは、
そんな一歩を踏み出すときの——
そのスイッチを、そっと押してあげることかもしれません。
ここまで読んでくださりありがとうございました♡
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