どうでもいい事なはずなのに 色々考えたり 考えの深みにはまったり
悲しきかな 考えの深みにはまった悩みは次の日にはすっからかんに排除されていたり。
嗚呼!またか!と、よくあることだからこそ どうでもいい。
どうでもいいはずなのに 其の時はどうでも良くなかったり。
あ~ら あら あら 面倒くさい。
あ~ら あら あら 面倒くさい。
でもそんなかんじな毎日が 一番いいんだって事は しってる 知ってる。
よく 知ってる。
よく知っていくせに面倒なんて… 傲慢なのかしら??
あれは損だの コレは得だの
あの人と組むのは損だの 得だの
損得勘定ばかりしていると 結局自分が与える事も無く
かといって もちろん与えられる事も無く
考えてみりゃあたりまえなんですよね。
損得勘定ってのは結局のところHARDな自己中心的な思想そのもので
幸せメーターをほとんど「質より量」的な考えとして持っちゃっているようなもんなんだよな。
まったくやだなあ 量という目でしか解らない物でしか自分の満足度を測れないというのは…
そもそもが得しよう!って考えること自体 それと同時に損を生んでいる様な。
光が生まれれば影が生まれるような?膨大な所得(光)が与えられれば膨大な税金(影)が生まれる。
となれば じゃあそもそもの影を出現させぬためには光を生み出さぬ様にしよう!!
とかなっちゃったら なんかもう どうしようもないし 楽しくなさそうじゃないですか。
つまり「得しよう」とおもったら同時に生まれる損も「受け入れよう!」
ってのがただしい選択なのかもしれない。
そうなると 結局損得ってのは 鶏が先かたまごが先か論的なとこもありそうだし
終わりよければ全て良し
有終の美
料理バトル漫画の主人公は後方に料理をお披露目した方が勝つ
以上の先人の知恵をもってしても
損は先にした方が得!!なのかもしれない。
むム?!
「損は先にした方が得!!」と考えたとこで また新たに 「損は先にした方が得!!が生む損」が
うまれてしまった!?
まるで
A「おまえは誰だ?」
B「おまえは誰だ、というおまえは誰だ?」
A「おまえは誰だというおまえは誰だ、というおまえは誰だ?」
A「おまえは誰だというおまえは誰だというおまえは誰だ?、というおまえは誰だ?」
(以後続く…)
のごとく損得のロングラン…
そうなると そもそも損だの得だの考える事自体に大きな落とし穴がうまれているような?
っあ~~~ むずかしいなあ!
以上 ひっそり長いつぶやきでした。








