なにひとつ教えてくれることなく
去っていった。
ヒロキチは最近 『theタイネックス』
というバンドを組み活動をはじめた。
付き人を辞める時、ヒロキチは師匠に
「バンドをやりたいので辞めます」
と言っていた。
20年以上も掛けてやっと夢を実現させたのだ。
ヒロキチ…
お前、嘘ついたろ?
さて、京都太秦撮影所。
はじめは
一見さんお断り
よそ者は受けつけない
とても閉鎖的なところに感じた。
というか、全員敵にしか見えなかった。
まだ師匠にも慣れていない
まわりは敵だらけ
油断したら、やられる
やるか、やられるかだ!
そう思った。
だが、おそらくは
太秦は怖いところという先入観から
心を閉ざし、構えているので
相手にも受け入れてもらえない。
そういうことだったと、今は思う。
しかし、三上はまだ20歳
負けられない戦いがそこにはある!
と、言ったとか言わなかったとか
とにかく戦う道を選ぶ。
まず解決したい問題があった。
師匠を、楽屋から現場に呼ぶタイミングが
分からない問題だ。
東京ではADさんと呼ばれるスタッフさんが
「そろそろ出番なので、お願いします!」
と呼びに来てくれるが、当時の太秦には
そういうシステムがなかった。
太秦では、付き人がADさんの役割を担う。
付き人のいない俳優さん達は
基本、現場にずっといる。
進行さんと呼ばれるスタッフに
「そろそろ出番ですかね?」
と、訊ねると
「まだ来てへんのか!早よ呼んでこいっ」
と、怒られる。
そして
師匠を呼ぶ
↓
出番がこない
↓
師匠、怒る
↓
師匠、楽屋に帰る
↓
出番になる
↓
師匠、いない
↓
スタッフ、怒る
↓
血尿、出る
負のスパイラルだ。
この問題を解決しないと
芝居の勉強どころではない。
このままでは、やられてしまう…
考えに考え抜いた結果
三上は、ある作戦を思いつくのである。