ホームは、今日も列車に乗ろうという人々で
ごった返している。
片隅に、ひとり佇む男。片手にはツルハシを持っている。
忙しそうに往きかう人々は、男を気に留める様子もない。
次の瞬間、男はホームから飛び降りた。

その男は待っていた。

その列車に乗れば、行きたいところに行ける。
期待に胸を膨らませていた。

その男は待っていた。

列車が来た。
乗り込もうとすると、車掌が男に声を掛ける。
「乗車券を拝見します」
男は乗車券を持っていなかった。

乗車券を手に入れる為、男は必死に行動した。
何年経っただろう。 
男は乗車券を手に入れた。

その男は待っていた。

待ち続けていた列車が来た。
悦び勇んで男は乗り込む。
「これで行きたいところへ、行けるはず」
振り返ると、人々が見つめている。
男は笑顔で言う。

「いってきます」

列車がゆっくりと動き出す。
速度を上げて、進んで行く。
トンネルを抜け、橋を渡り進んで行く。
男は、移りゆく景色を眺め興奮していた。

が、男は次の駅で降ろされた。

その男は待っていた。 

目の前を特急列車が轟音を立てて
通り過ぎて行く。
男は特急券を手に入れる為に、必死に行動した。

何年、経っただろうか。
男は特急券を手に入れた。

その男は待っていた。

目の前に特急列車が止まった。

特急列車からの眺めは格別だった。
線路沿いには、特急列車を一目見ようと人々が群がる。
みんなが特急列車にカメラを向ける。
特急列車は格別だった。

しかし

男は知っていた。

これまで、何度も特急列車が通り過ぎて行くのを
目の当たりにしていた。

男は知っていた。

線路沿いでもホームでも
人々がカメラを向けるのは
いつも先頭車両だけだということを。

「先頭車両に乗ってやる」

その男は待っていた。

はじめて列車に乗ってから、ずいぶんと長い時が過ぎた。

しかし

その男は待っていた。

25年間、待っていた。

そして、男は気づく。
自分の席が後部車両にしかないことを。

いや

もっと前に気づいていたのかもしれない。
見て見ぬふりをしていたのかもしれない。

男は気づいていた。気づいていたのに
その男は待っていた。

それを認めた時、男は待つのをやめた。

そして

ツルハシを片手にホームを飛び降り
新しい線路をつくりはじめた。

「25年か…25年掛ければ、少しは先に進めるかな」

男はツルハシを振り上げた。



けたたましい目覚ましの音で、男が目を覚ます。
身支度を整え、鳥居をくぐり手を合わす。

初詣。

新たな年を占おうと、おみくじを引いてみる。

安定の、吉

『今を大切に。良い事もあれば悪いこともあり』

「…そりゃ、そうでしょうね」

男は、声を出して笑った。