2007年問題(「技術」と「技能」について(2))
少し間が空いてしまいましたが、今回は前回に引き続いて、「技術」と「技能」について、特にどのように「技能」を受け継いでいくかについて、ちょっと考えてみようと思います。
「技能」の伝承が難しいのはいくつか理由があると思います。これがすべてではないと思いますが、思いつくものを以下に3つあげさせていただきますので、今回はそれらについて考えていきたいと思います。
①「技能」を持つ熟練工がその「技能」を「技能」として認識していないこと。
②各企業ごとに「技能」を持っているため、公開・共有化が難しいこと。
③「技能」を受け継ぐ人材がいないこと。
まず、①「技能」を持つ熟練工がその「技能」を「技能」として認識していないこと、ですが、例えば、製造工程で用いる薬品を保存する際に温度や湿度を一定に保つのは日本では当然として考えられていますが、アジアの国々ではそれが当たり前になっていないことも多いそうです。こういった原料の扱いも、製品に大きな影響を与える「技能」であることは間違いないと思います。ただ、日本人はそれが他国の人と比べて優れた「技能」であることを認識していないことも多く、それは非常にもったいない状況と言えるのではないでしょうか。
こうした問題を解決するためには、日本人も海外のライバル他社を、その製造工程の段階までしっかりと研究していく必要があると思います。日本人の気質は「(自分が)いいものを作る」という意識が非常に強く(プロジェクトX的ではありますが)、「(他の人よりも)いいものを作る」という意識については、アメリカを製造業として追い抜いたと思った時点で非常に弱まってしまっているような気がします。アメリカが「ジャパンアズNo.1」と考えたように、追い抜かれてから相手を分析するのではなく、追いつかれつつある今の時点から自分と相手の比較をしっかりと行い、自分たちの「技能」による付加価値の維持を図らなくてはいけないと思います。
次に②各企業ごとに「技能」を持っているため、公開・共有化が難しいこと、について考えたいのですが、この「公開」も「共有化」も実は表裏なのではないかと思います。日本にも数多くあるような「伝統的」な「技能」については、模倣(共有化)が困難であるため、公開できるのですが、一般の製造企業にある「技能」は模倣(共有化)が可能であるので、なかなか公開できず、その結果として当然共有化もできていません。
これについては、共有化することが個別企業の利益にはならず、国の利益になることから、論ずること自体が非常に公務員的であり、ナンセンスな感じもします。しかし敢えて、この問題について考えるとすると、衰退産業において、個別企業がそれぞれの保有する「技能」を隠しあうことの結果として、すべての企業が共倒れになることだけは塞がなくてはいけません。デジタル家電はもかく旧来の白物家電において、多くのメーカーが付加価値を得れていないのは、この問題に直面しているからではないでしょうか。
産業構造論的にそういうコモディティ製品分野は、他の国にすぐ追従され、付加価値を取れなくなるといえば、それまでですが、そういう分野こそ、もっと大規模な再編・統合をますます進めていくべきだと思います。エルピーダメモリのような大規模な設備投資のための統合とは少し違う、ノウハウの共有によるシナジーを目指す再編というものも経営者は着目するべきではないでしょうか。その意味で、現場レベルの「ものづくり」のわかる経営者の出現が待たれる気がします。
最後に、③「技能」を受け継ぐ人材がいないこと、ですが、これについては、「技能」を持つ「熟練工」に対して若い人が魅力を感じないということが最大の原因ではないかと思います。そのため、各企業は外国の人材を使わざるを得なくなっています。ただ、外国人労働者問題は非常に難しい問題ですので、またの機会に考えたいと思います。ここでは、若い人がいかに「技能」を持つ「熟練工」に魅力を感じるかを少し考えたいと思いますが、やはり基本は「熟練工」に対する社会的な評価を確立することにしか解はないと思います。
その意味で、ドイツにあるようなマイスター制度というのは非常に注目すべき制度ではないかと思います。ただ、国と企業が独りよがりで制度を作っても、それは実効性のある制度とは思えません。消費者としての国民の人々も「ものづくり」の重要性をしっかりと理解し、自らに優れた製品を与えてくれる熟練工への敬意を感じるようになるよう、官民を上げて取り組んでいくことが必要ではないかと思います。
とりあえず、今考えたことをざっと書きましたが、皆さんからのコメントを踏まえつつ、この問題については、もっと深く考えて整理していければと思いますので、よろしくお願いします。では、今回はこのへんで失礼します。