ふと気がつくと、ため息をついていることが多くなっている。


自覚があるだけ、まだましなのだろうか。



突然の父親の死を受け入れようとして、受け入れられない妻。


<愛する人の大切な人の死> に初めて対峙するぼくは、妻との向き合い方がわからずにいる。


こういうときに限って、二人の息子はいない。


妻の溺愛する次男は、義父の告別式の日から後ろ髪を引かれるように合宿免許に行った。


妻とよく衝突する長男は、大学のサークルの合宿や塾のバイトで家にいる時間が短い。


  孫の中で一番義父にかわいがられた長男は、通夜、告別式では泣きながらも、妻や義母や遺族を

 

  気遣うという、本当に心根のやさしいところを見せてくれた。



ときどき妻から弱気なメールが届く。


今は、妻を一人にしたくない。


喉元までせり上がってきたため息を、ぐっと飲み込む。

16日に通夜が、17日に告別式と初七日が、滞りなく執り行われました。


本当に今でも夢を見ているようです。


14日の明け方に妻の携帯が鳴り、その30分後に病院に駆けつけ、その10分後に臨終を告げられました。


そして、その3日後には、義父はお骨になっていました。



17日の夜、式場から帰ってきた妻が、ぽつりと言いました。


 こんなにすぐに骨になってしまうのなら、死んでいても冷たいままのお父さんがよかった。


 骨になってしまったらもう会えないけど、そのままだったら冷たくてもお父さんの寝顔に会えたのに。




数日にわたり、きわめて個人的な内容のブログにお付き合いをいただきまして、ありがとうございました。


まだまだ想いを綴り切れてはいませんが、あまり暗い内容のブログが続くのも滅入っちゃいますよね。


義父の逝去に関するブログは、今回で終わりです。


引き続き、『じゅんの言葉』ブログをよろしくお願いいたします。

今思い返せば、亡くなる一週間前に、家の近くで義父に会ったのが最期になった。


妻と長男の3人で、車で買い物をした帰りに、家の近くの畑の草刈りをしている義父に会った。


車を止め、窓を開け、軽く会釈をした。


助手席の長男が、運転席のほうまで身を乗り出して、義父に手を振った。


手を振り返す義父は、汗まみれの日に焼けたいつもの笑顔だった。


義理の妹家族は、亡くなる前日に実家を訪ね、義父に会っていた。


義父は大好きな高校野球を見ながら、素麺をすすっていたという。



義父が亡くなる朝、ぼくは不思議な体験をした。


ぼくはエアコンの冷気があまり好きではないので、熱帯夜であってもエアコンはつけずに寝る。


しかし、それでは暑くてたまらないので、雨戸は閉め、窓を開けたままにしている。


寝室が1階なので、雨戸も閉めず窓も開けっ放しというわけにはいかないのだが、雨戸だけでもだいぶ違う。


その日もいつものように、雨戸は閉め、窓は開けっ放しで寝ていた。


喉の渇きに起こされ、台所で水を飲んで、また部屋に戻った。


なかなか寝付けずに左右に寝がえりを打っていると、突然雨戸がドンドンと2回、叩かれた。


風に揺れて音を立てる、というレベルではなく、はっきりと2回、ドンドン、と外から叩かれた。


一瞬ドキっとしたが、なぜか恐怖感は湧かなかった。


近所の猫が縁側に登って、雨戸に体をぶつけてきたのだろう・・・そんな風に思いながら、また眠りに就いた。


時計で時間を確認したわけではないが、妻の携帯が鳴ったのは、そのあとすぐだった。