21時を過ぎれば、帰りの電車には必ず座れる。


永田町、表参道、、、と、少しずつ乗客が増えてきて、渋谷でどっと人が乗ってくる。


扉が閉まる直前に 「乗るよー」 という元気な声とともに、4人の若者(男2、女2)が乗り込んできた。


うとうとしかけていたのだが、その4人の若者の声が耳に入ってきて眠れない。


奇声を上げるでもなく、馬鹿笑いをするのでもなく普通の会話なのだが、とにかく声がでかい。


見れば、大学生風の若者たち。 身なりもこぎれいで、むしろオシャレな感じ。


でも、、、、とにかく必要以上に声がでかい。 会話の内容も周りにまる聞こえ。。。


どうやら男の子の家に泊まりに行くらしく、2カップルに分かれつつあった。



渋谷を過ぎると、乗ってくる人よりも降りる人のほうが多くなる。


気がつけば、社内はガラガラ。 座席も半分くらいしか埋まっていない。


が、その4人は、なぜかずっと扉付近に立ったまま、大きな声で会話を続けているのである。


  - やれやれ、まぁ、あと3駅の辛抱だな。。。


・・・などと思っていたら、30歳前後のビジネスマンが降り際に、彼らに声をかけた。


「もう少し小さな声で話された方がいいですよ、顔をしかめている人もいるし。トラブルになりますよ。」


おだやかな表情で、とても謙虚に、優しい声で。。。


若者たちは一瞬きょとんとし、その後、あいてる席に座り、小さな声で会話を続けた。


声をかけた30歳前後のビジネスマンさん、、、そんなあなたにわたしもなりたい。

最近、「悼」という字をよく目に、耳にする。


『阪神球団、伊良部選手の死を悼む』


『横浜FM、松田選手の死を悼む』


とりわけ最近、天童荒太さんの 『悼む人』を読んだぼくにとっては、なおさら目に飛び込んでくる。


「悼む」を辞書で調べると、その意味は「人の死を悲しみ嘆く」とある。


『悼む人』 の中での「悼む」は、「その人を記憶しておくこと」としている。


主人公の静人は、新聞や雑誌で知り得た人の死の場所を訪れて、その人の死を悼む。


その場所で、彼は周囲の人に3つのことを尋ねる。


 - その人は誰を愛していたのか。


 - その人は誰に愛されていたのか。

 

 - その人は何をして感謝されたのか。


いわゆる「有名人」は、たくさんの人たちの記憶の中に、いつまでも残り続けるだろう。


いまだに毎日、新聞に掲載される <昨日、震災で亡くなった人たちのお名前>


誰を愛し、誰に愛され、何をして感謝されたのか。


会ったことの、会うことのない人たちのお名前を目で追いながら、ふと、そんなことを想う。


誰かの記憶に、いつまでの残り続けてほしいと悼みながら。

先週の金曜日に、構想からだと約半年の準備期間を費やした企画が無事終了した。


内容はというと、学校で催される「父兄参観日」の逆、「子ども参観日」。


お父さんの会社は何をしている会社で、どんな場所で、どんな仕事をしているのか・・・。


社員の子どもたちを会社に招待して、社内を見学し、お父さんと一緒に工作キットを作ろう・・・。


という企画を、うちで請負い、全体の企画はもちろん、ビデオやシナリオを作成し、備品も用意した。


少しでも仕事の雰囲気を感じてもらおうと、子どもたち用の名刺も作り、名刺入れも用意。


この名刺は、子供たちにとても気に入ってもらえたようだった。



直前になって、プログラムにはなかった社長の話と写真撮影が追加された。


全体のタイムスケジュールを調整し、なんとか追加プログラムの時間をひねり出した。


「社長は写真撮影をして、少し話をしたら、すぐ帰りますから」


と、先方の担当者は言っていたのだが、当日、社員も驚くサプライズが。。。


社長は、短い話のあと、なんと子どもたち全員と名刺交換をしたのだった。


「ぼくも名刺を持ってきたので、みんなと名刺交換をしたいです」


社長のこの言葉に、子どもたちは大歓声を上げ、あっというまに社長の前に長い列ができた。


子どもと同じ視線になるように腰を折り、ひとりひとりに声をかけながら丁寧に名刺交換をしていく。


この姿には、さすがに感動した。


やっぱり、一流と言われる企業の社長ってスゴイ!


と思ったのでした。