書道駅からここへくるときに私は失礼なことを言ってしまいました。時間が押して説明を聞くことができないので見るだけになるとガイドのゲタさんが言われたとき「韓国の文学なんて日本人は分からないから無理していかなくてもいいんじゃないですか~」
・・・私がわからないだけで興味がある人もいるでしょうに、本当に余計なことを言ったなーと申し訳なく思いました。
庭園も立派で池もあります。
文学館はどこもかしこもきれいに整備されています。
ここは新聞の連載小説で人気が出た「魂の火」の作者 チェ・ミョンヒ女史の記念館です。
執筆活動の様子をそのまま残してありました。
生原稿と使用していたペンなどもそのまま展示されています。
本来は写真撮影が禁止になっています。
シャッター音が見ている方の妨げになるからのようですが、今回は特別に撮影させていただきました。
この小説は日本統治下の1930年代の南原を舞台に書かれています。
この小説の舞台として書道駅が出てくるのですね。
当時の東亜日報の新聞小説記事です。
この方が作家のチェ・ミョンヒさんです。
1980年~1996年17年かけて執筆した長編韓国現代文学の傑作といわれています。
担当の方が説明を聞いてもらえないのが残念だといって歩きながら話してくださいました。
作者は執筆中に癌が見つかり、医師から治療を勧められたそうですが、執筆を中断できないといって書き上げ、その4ヵ月後に他界されたそうです。
ですからまさに一人の作家の命と引き換えにこの世に残した作品なわけです。
私の名前の「淳」の字は父の祖父(曽祖父・ひいおじいちゃん)の名前からもらったのですが、曽祖父は文学作家だったそうです。
夏目漱石の門下生で、鈴木三重吉の赤い鳥全集に作品が残っています。その血筋なのか、妹が文章を書く仕事を生業(ナリワイ)としています。
だからひとつの長編作品に命をかけた作家の記念館・・・ということが分かり、とても胸に迫るものがありました。
実際の執筆部屋だそうです。きれいですね。妹の部屋とは大違い。。
手紙なども残されていましたがどういういわれかがわかりません。。ごめんなさい。
作者の方は南原で生まれ、その後父親の事情で違う場所で生活をしたそうですが、自分の故郷は南原だと、ここを愛し、ここを舞台にした小説を書いたのだそうです。
自分の故郷南原を愛している人々が多く出ているこの地は魅力のある町なんだと思いました。
勝手なもので、帰るときにはこの文学館がどうやって維持されているのか、これからも維持できるのかが気になって仕方がありませんでした。
聞いてみたらここは市役所の管轄で運営されているそうです。
頂いたパンフレットによれば、小学生をはじめとする地域の子どもたちの郷土を知る学習の場になっているようでした。
それなら大丈夫だわ・・・と変な安堵感を持って岐路についた私です。
たった1泊のツアーで22回にも分けてブログを書いてしまいました。
長々と私の個人的な感想文にお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。
南原という子どものころに住んでいた町と同じ名前のところに行って見たい~というだけで参加しましたが、とても深い深い韓国の顔(らでん・パンソリ・春香伝)を持つ町でした。
もう一度行きたい、ぜひ行ってほしいと心から思います。
行かれるときはぜひ下記に連絡をして、行程相談などをされるといいと思いますよ。
会う人会う人とても親切な方ばかりでした。
一緒に行った仲間ももう一度会いたい、楽しい仲間でした。
同窓会でもしたいですね。
それではこの辺で・・・
【お問い合わせ先】
남원시청 문화관광과
박연임 063 620 6165
南原市庁 文化観光課
パク・ヨンニム
yh2jung@korea.kr
(日本語可能)