九龍浦東部小学校と名前が変わりました。今は閉校していますが2012年まで使われました。
小学校の前には神社があったそうですが、終戦後愛国青年団により壊され、今は韓国式の社が建っていました。神社の名残のものがそのまま残されています。
日本人の名前の刻まれたものもありました。これは忠魂塔の台で「帝国在郷軍人会」と書いてありますが、帝国のところが強く削られたような感じです。
この頃子どもたちは日本人は着物、韓国人はチョゴリで暮らしていたそうです。
頂いた本の証文によると、ある日本人は終戦後、韓国人の子どもに石を投げられたそうですが、その韓国人の子どもの親が「そういうことは止めなさい」と言った話がありました。日本人と韓国人の関係性が伺われるエピソードではないでしょうか。
薄く塗られているので消されたといわれなければ私にはわかりませんでした。
このときに全員の名前が消されたはずが、後で一人だけ消されていなかった人がいたそうです。それがこの地の発展に尽力した十河弥三郎氏の名前だったそうです。あの時代に韓国人の心を動かした方であったことは間違いでしょう。
中腹の石柱だったので裏は見れなかったので写真に撮ってみましたが文字はわかりません。でもセメントは塗られていませんね。指で触ると文字がわかりますとガイドさんがいわれていました。
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浦項市庁
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日本担当の朴宥貞(パク・ユジョン)さんの直通番号です。
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