マンモトーム生検の結果が悪性でした。
(詳しくは 35歳で乳がんになったママ | 35歳で乳がんがみつかった2児母の記録 )
病院を出て、まず頭に浮かんだのは家族への報告でした。
どうしよう。
夫に伝えたら、きっとすごく心配するやろうな。
でも、今日結果が出ることは知っているし、伝えないわけにはいかない。
そう思い、
「結果が出て、乳がんやった。でも治療できるから大丈夫。」
「帰ったらちゃんと話そう。」
と、簡単にメッセージを送りました。
その後、母に電話をしました。
両親は離婚していて別々に暮らしていますが、私はどちらとも良好な関係です。
母は仕事中でしたが、「ちょっと話せる?」と聞くと、
「うん」と返事をしてくれました。
「健康診断のマンモグラフィで引っかかって再検査になってたんやけど、乳がんやった」
そう伝えようとした瞬間、こみ上げてくるものがあり、途中で涙があふれてきました。
母は驚いていたものの、
「そうなの? 病状は? 大丈夫?」
と、落ち着いた様子で話を聞いてくれました。
仕事中だったこともあり、手短に説明だけしました。
すると驚いたことに、母も少し前にマンモグラフィで再検査になっていたそうです。
結果は良性だったとのこと。
本来なら安心する話なのですが、私はさっきまで遺伝子検査の説明を受けていたばかり。
もし母も乳がんだったらどうしよう……。
そんな不安が一気に押し寄せました。
絶対に定期的な検査を続けてほしいとお願いし、電話を切りました。
次は父に連絡しました。
父は新幹線を使う距離に住んでいるため、連絡するのも久しぶりです。
正直なところ、父には今後の方針が決まってから話そうかとも思いました。
ただ、加入している医療保険が父の知人の紹介だったこともあり、他の人から伝わる前に自分の口から話そうと思いました。
「実は今日、病院で乳がんって言われた」
母のときよりは、少し落ち着いて話せた気がします。
父はかなり動揺している様子でした。
私は、
「初期やし、手術したら大丈夫やと思う」
と伝えました。
本当は私自身も大丈夫かどうかなんて分かりません。
それでも、父を安心させたくて、そう言いました。
また今後のことが決まったら連絡すると伝え、電話を切りました。
ひとりひとりに報告するたびに、
「あぁ、私、本当に乳がんなんだな……」
と、少しずつ実感が湧いていきました。
でも、不思議なことに、
「死んでしまうかもしれない」
といった強い不安やネガティブな考えは、あまり浮かびませんでした。
去年の検診では見つからず、今年になって見つかったということは、きっとまだ初期のはず。
手術をしたら治るよね。
大丈夫だよね。
そんなふうに考えていました。
紹介状ができるまで時間があったので、近くのカフェで待つことにしました。
ちゃんと食欲もあって、普通にご飯も食べられました(笑)
その後、医療保険の担当者にも連絡。
結果を伝え、どのような治療が保障の対象になるのか確認してもらいました。
やっぱり、お金のことも気になります。
治療費どのくらいかかるのかな…と検索してみました。
そして、その後はひたすらSNSを見ていました。
自分の検査結果について投稿すると、たくさんの応援や共感のメッセージが届きました。
「こんなにたくさん乳がんを経験している人がいるんやな」
そう思うと、少し心強い気持ちになりました。
病院を出てから約3時間。
長いようで、あっという間の時間でした。
その頃、紹介状ができたと病院から連絡があり、再び病院へ。
紹介状を受け取る際、先生は
「ホルモン治療になったら、またこの病院に通院することもできるからね」
「しっかり診てもらってね」
と声をかけてくれました。
大学病院の受診は10日後。
ここから、本格的な治療に向けて動き出すことになります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
検査結果を聞くのは、本当に怖いですよね。
基本的にポジティブな性格の私ですが、このときばかりはさすがにしんどかったです。
次回は、大学病院を初めて受診した日のことを書こうと思います。
JUN![]()

