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JUN16のブログ

5年ぶりですみません!経済的自由への旅路にいる「JUN16」の日記 (^-^

 2006年のときとは違い、かなり盛り上がりに欠けているような気がしますが、

ともかくも、あと1ヶ月ほどで、南アフリカワールドカップ。


 南アフリカでの開催は、特に治安面での不安が大きいですが、時差的には4年前のドイツワールドカップのときと同じです。

 そのため、観戦は基本的に深夜が中心になります(^-^;


 さすがに、毎晩毎晩、徹夜で予選リーグを観戦する体力と余裕はありませんが、

見ごたえのありそうな組み合わせを厳選して、楽しみたいと思います。


 そんな観戦に欠かせないのが、観戦ガイド!

32カ国の選手をあらかじめ把握してみるのと見ないのでは、楽しさが100倍違います。


 3Dテレビよりも、まずは観戦ガイドで各国の選手を今からチェックしてください(^-^


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 知名度はないけれど、インパクトのある戦国武将を紹介するシリーズ。


 今回は、徳川家康の祖父、松平清康(まつだいら・きよやす 1511~1535)


 この清康公、家康公のおじいさんなのですが、家康公が1542年生まれなので、その年の差はなんとわずか31歳。しかし、両者が実際に会うことはありませんでした。


 家康公の三河(現在の愛知県東部)は、東を今川、西を織田の2強勢力にはさまれた土地。

 家康公の松平家は、この2強にはさまれて多々苦労するわけですが、家康公がそれなりの地方勢力として出発できたのも、この清康公の活躍があってのこと。


 清康公は武勇に優れ、松平家を三河を代表する勢力に育て上げました。家康公から見れば、創業者的な存在でしょうか。その活躍の様子は、「海道一の弓取り」と称されたほどです。


 しかしながら、織田家との抗争中の最中、家臣に暗殺されてしまいます。


 家康公は、若いころ松平元康と名乗っていたことがありますが、この「康」は祖父である清康公の武名にあやかったともいわれています。


 ちなみに、この清康公の子、松平広忠(1526~1549 家康公の父)も、一説では暗殺されたとも言われています。

 とにもかくにも、子どものころに父を失った広忠公、そして家康公。初期の松平家は若くして当主を失うという苦難から出発していました。


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 今日は、子どもの日。またまた、千葉マリンに足を運びました (^-^

さすがに激コミの外野でしたが、そこそこシャウトして発散してきました!


 ちなみに千葉マリンスタジアムは、海の目の前の球場なのです。

そのため、強風がよくふくことで有名ですが、それよりも心が和むことがあります。


 それは、球場内に何度もカモメやハト、うみねこなどの鳥が飛来すること。

球場内を鳥が優雅に飛ぶ風景は、なんともいえないさわやかさがあります。

 たまーに、鳥のフンには注意ですが (笑



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