ちょうど、京都からバスで高松に移動している道中のパーキングエリアに停まったときの事でした。携帯がなり、不幸の報せを受けました。親友の携帯からでした。
生きたくても生きれずに命を落とした親友がいる。そして5年が丸々経ちました。
時間を巻き戻せたらといつも兄や親友たちを思い出しては強く思う。
生きている人は、幸も不幸も人それぞれの人生や環境がある。何が幸で何が不幸かもジャッジは出来ないし、何が正解で不正解、何が正しいか、何が間違いか?もジャッジは出来ない。
自分が人を失って経験から得たものは? 愛と儚さと脆さと危うさ。人間の命がどれだけ脆いものか、そしてだからこそ当たり前のように何事も決めつけ、思い込まないこと。 限られた時間の中で諦める事が多ければ多いほど時間を削っている。
いつも故人を思い出すたびに、問いかけること、人の良いところを見つけ人を認め、人を好きになることを出来ているか?
粗捜しをする時間よりも人を好きになる時間に使う。人を知ることでもっと自分を知ることのきっかけにもなる。逆もしかり。自分を知ることで、他の人間を知ることの目を養うことが出来る。
人に関わり人に教えてもらい、人に成長をさせてもらい、人に活かされてきた事が自分にはたくさんある。
親友を想い、恥じない生き方をすることが、彼への供養だと感じます。心のままに常に自分に素直に忠実に。
今日も彼を思い浮かべて笑顔で楽しめるように。
