全てに通ずるもの | J-FIVE プロバスケットボールプレーヤー

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プロバスケットボールプレーヤー岩佐潤
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水曜日に埼玉に指導しに行った時に普段なら見れないものを体育館で見れたので、やはりとても勉強になるものだったり、通ずるものだとも思いました。  




なぜスポーツを選び、なぜ武道を選ぶのか? どちらにも通ずるものがあるから。  なぜに皆のめり込むのか? 言い方を変えれば なんでハマるのか?     





それはやればやるほど、自分が勝手に作り出すネバーエンディングストーリーだからだと思います。 引退だったり、本当に辞めるまで、止めるまで続く奥深い世界。 これも奥が深いと自分が勝手に感じるからか? 本当に深いからそう感じるのか? 自分が作り出すから、スランプなるものに陥るのか? 




とても興味深いですよね。     





その水曜日、普段体育館ではやらない、剣道を片方のコートでやられている団体がいました。 不思議な光景でしたけど、僕もついつい見入ってしまった場面もありますし、武道をされている方達が武道を終えた外では何をされているかわかりませんが、あの空間の中では凛とした空気間の中で一瞬の隙を狙い続ける鍔迫り合い。 とても緊迫感があり、その中に清潔感もあり、そして彼らが出す気迫ですね、それが体育館全体に響き渡っていたのにはとてもしびれました。    縁があったのか、本当に良いものを魅せてもらいました。   





僕は、この武道から通ずるもの、それは何かと言うと 当たり前に聞こえるかもしれませんけどね。  



礼に始まり、礼に終わ」   



これは、礼に始まるというのは、普段の試合でもそう、練習の時でもそう、 これは僕の中で言い換えると 「入り方」 そして 「終わり方、終わらせ方」       




これに通ずるものだと思っています。         





礼に始まるのは、今日もこの空間でこの活動を出来る事、五体満足で入れる事、思う存分打ち込める事、やらせてもらえる事への感謝。   何に感謝するのかは、言わずともわかりますよね。




礼に終わるのは、思う存分出来た事、そして五体満足で怪我無く終われる事、思う存分打ち込めた事、やらせてもらえた事への感謝。      




自分がやったからやれたんじゃなくて、やれる環境、状況、そして自分が許されたから出来るという事、常に人は誰かの支えや協力があって活かされていることを忘れてはいけないと思います。   




最近親しい大学からの友人のブログも見る機会があって彼からも気づかせてもらえたんですけど、本当に生きたくて生きれなかった人が居ることは、経験をしていない人よりも、人だったり、物だったり、出来事に対しても、人の倍感謝を出来るはず。 なぜなら、自分は亡くなった人達の無念さを知っているから。  




僕は、今まで亡くした人達の分まで生きようなんて大きな事は言えませんけど、その人達が必ずどこかで見ていると信じて、その人達がずっと応援してくれるように楽しませたい、そんで少しでも長く楽しませれるように長生きしたいと願いながら生きています。     




今日も感謝することに対してとても考えて欲しいなって思った出来事があったので、家でゆっくり考えてました。  




ただの独り言ですからね・・・・・・笑     寝ます~~~  






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