先日パートナーさんの実家に行ったときに、義妹のケータイに保存されているまめ子の写真を見せてもらいました。
叔母のケータイにしてはかなりの数の画像が入っていると驚きつつ。
でも、生まれたてのまめ子を見て僕等が一喜一憂しているときのまめ子の写真がなかなか貴重でして。
データをもらってきたんです。
ちょうどもうすぐまめ子の1歳の誕生日ということで、生まれたときのことを思い出しながらエントリーを書きたいと思います。
そうですね、もう一年前になりますか。
陣痛が来た日の朝…出産予定日の前日ですか、何となくパートナーさんに
「もうここ2~3日で生まれそうな感じ」
という話を聞いていたんです。
そうか、ということで。
それとなく会社でも「ここ2~3日で、突然帰る日があるかもしれません」という話は伝えたんです。
そしたら。
その日の夕方にメールが入りまして。
「すぐにでも生まれるかもしれない」
とのこと。
急いで帰っても生まれるのに間に合わないかもしれないくらい安産の可能性があるということで。
立ち会えないのは残念と思いつつも、安産ならばそれに越したことはないという若干複雑な気持ちで、それでも大急ぎで助産院へ直行しました。
そしたら、少し赤ちゃんの角度が悪いということで、出てくるのに時間が掛かっているという話。
苦しいわけではないということで、立ち会いができてよかったと思いつつ。
で、逆子ということではなく、何と言いますか。
普通は頭を下に、体は横向きになっているはずの赤ちゃんが、まっすぐ母体の背中を向いているという話でした。
…わかりますでしょうか。(;´Д`)
体の前面を母体の背中方向に向けて、カエルのような感じになっていたという感じです。
そのせいで出てくるのに時間が掛かりまして。
助産院ですから切ることはできず、自然分娩しかできないということで、そこからはパートナーさんが運動するという状態でした。
階段を上り下りしたり。
ドライブして揺らしてみたり。
バランスボールに乗って揺らしてみたり。
結局、分娩は日を跨ぎまして。
予定日ピッタリに産まれることに相成ったと。
破水した(させた)瞬間、生まれてくる瞬間は鮮明に覚えています。
何せ僕はパートナーさんの両足を押さえていましたので、真正面から出てくる瞬間を見たもんですから。
破水については助産師さんが「もういいか」と言いながらハサミで膜をピッて切ったんですけれど。(;´Д`A
その後、まめ子の頭がものすごく小さくたたまれたような感じで出てきた瞬間は感動しました。
命が、この世に出てくる瞬間。
本当はお腹の中で既に命はあったということになるんですけれど、その命が母親の体から出てくる瞬間はとても神秘的でした。
そしてそれが自分の子供であるということ。
産んだパートナーさんからするとそれはもっと大きな感動なのかもしれませんが、見ていた僕ですらものすごい感動でした。
2008年7月10日、7時8分のことです。
少しすました顔でこんにちは。

今の写真と比べると、もうすでに全然違いますね。
この時期がもはや懐かしいと思えるほど、めまぐるしく成長しているまめ子なのでした。