17年もの裁判は必要だったか否か。 | 気ままに生活。

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昨日はなんだか大きなニュースが多かったですね。

阪神大震災のニュースが少なかったように思いました。

…風化しませんように…。








1、2審判断を全面支持=幼女連続誘拐殺人事件(共同通信)


 幼女連続誘拐殺人事件で殺人罪などに問われた元印刷業手伝い宮崎勤被告(43)に1、2審同様死刑を言い渡した17日の最高裁第3小法廷判決は、刑事責任能力のほか、犯行の動機、量刑の理由などについても1、2審の判断を全面的に支持する簡潔な内容だった。
 弁護側は同日「慢性的精神疾患の事実に目をつぶる形式的な判決で、容認できない」と、再審請求を視野に入れた弁護活動を続けることを表明した。





この裁判、17年もやっていたそうです。

この男を17年生かし、裁判を重ねるのに一体どれだけのお金(税金)が掛かっているのでしょうか。

証拠が揃っている限り、この裁判には「キミ、死刑ね。」の3秒で充分だと思うのですが、どうなんですかねぇ…。

いくら精神的に疾患があったとはいえ、だから人を殺していい(ほぼゼロに減軽される)というのには常々賛成できません。



責任能力があるか云々で長い時間が掛かったというのは何となく判りますが、それにしても17年は生かしすぎだと思います。

大阪教育大学付属池田小学校の件はあれだけのスピード死刑だったのに、これは…。



幼い子供のグラビア画像(というのか何というか。猥褻ではないものが多数だったらしいですが)が犯行の後押しの一因になったというのですが、

そんなものが犯行の直接の原因である訳がないと思います。

「最後のきっかけになった」というのも責任転嫁です。





直接の原因は、


犯行を働く個人の弱さ。

現実(道徳)を認識する能力の欠如。

「これを行ったらどうなるのか」が読めない(…というか考えない)思考力不足。


…いずれにしろ、凶悪犯罪と言われている事件は殆どが犯人の人格に依ると思うのですが、いかがでしょうか。





…まぁ、道徳やモラル云々を言い出したら「モラル・道徳とは何か」という別の議論を生み出しかねませんが、

犯罪を犯してしまう人間は、犯さない人間と比べてもやはりどこか感性がズレているという風に思います。



精神的に疾患のある犯人に対する裁判の仕方をもう少し考えた方がいいんじゃないかと思う事件でした。